「あっ……」
そこで初めて気がついた。
この部屋はオートロック。自動的に錠が閉まり、鍵なしに扉は開かない。
さて、どうする?
鍵を探すことが先決だ。
部屋の中に置きっぱなしか、ポケットに放り込んだのか。
それすら、ろくに覚えていないのだから。
上着のポケットを片っ端から探り、
ズボンのポケットを1つ残らずひっくり返し、
カバンの中身を全部出して逆さまにしてばさばさ揺らし、
しまいに靴まで脱いでみたけれど、鍵は見当たらない。
さあ、困った。
どうやら鍵は、ここには無いらしい。
何とかして中に入らなくっちゃ。
部屋の中で鍵を見つけられるかもしれないのだから。
とりあえず、通路をうろうろ歩いてみた。
似たようなドアが並んでいる。
似たようなドアの1つが開いて、知らない人が出てきた。
少しビックリしたけれど、とにかくあわてて頭を下げる。
すると向こうも驚いたように、なおざりな挨拶をして去って行った。
しまった。
今の人に聞いてみたら、何か教えてもらえたかもしれないのに。
扉を開ける裏技とか、鍵の在りか、困ったときの対処法など。
あわてて追いかけると、さっきの人は階段を下りていくところだった。
「あの、すみません」
つい大声をかけると、その人はひどく驚いたようだった。
驚いた拍子に段を踏み外したのか、真っ逆さまに転げ落ちていく。
大変だ。
あわてて階段を駆け下りようとしたが、残念なことにそれは無理だった。
階段の入り口には丈夫なロープが張られ、先に進んではいけないようなのだ。
黄色と黒の縞模様の、工事現場にあるようなロープだった。
真ん中に立ち入り禁止の札が下がっていた。
それにしては、さっきの人は当然のように下りていたようだ。
ずいぶんおかしなこともあるものだ。
仕方なく、似たような扉が並ぶ、さっきの通路に戻ってきた。
通路は意外と長い。
階段と反対側の端には何があるのか、ここからではよくわからないほどだ。
ちょっと気になったので、見に行ってみることにした。
階段からしばらく戻るとロビーのようなスペースがあった。
茶色いビニール張りのソファとか、
袋のかかったゴミ箱とか、
少しひしゃげて傾いた金属製の灰皿なんかが置いてあった。
さっきは気づかなかったけれど、うれしいことに自動販売機もある。
ビールと、カップメンと、チューインガムの自販機だ。
水と、お茶と、熱湯がでる機械もあった。
こちらは、いくらでも自由に、しかも無料でもらえるようだった。
箸も置いてあった。
これは借し出し式で、使い終えたら洗って戻すものらしい。
隅の方には、煙草とライターの自販機もあった。
置かれている煙草の銘柄は少なかった。
ロビーを通り過ぎると、今度はエレベータがあった。
壁の色と同化しそうな地味な色で、一人乗りかと思うほど小さな扉だ。
エレベーターのようなのに、壁にはボタンらしきものは一切無かった。
動く音は聞こえない。
でも、今にも誰かが降りてきそうで、なんとなく薄気味が悪かった。
だから、すぐにその前から立ち去ることにして、また歩き始めた。
自分の部屋を通り過ぎてしばらく行った頃、妙な物が見えてきた。
柵かな? 扉かな?
間近で見ると、柵でできた扉だった。
ドアノブや鍵穴までちゃんとついている。
扉は高さも幅も完璧に通路とぴったりで、全く隙間がなかった。
柵を作る鉄の棒は細かったが1本1本の間がとても狭い。
試してみたが、手首より上を入れることもできなかった。
「おーい」
扉の向こうに呼びかけてみたが、返事はない。
ドアノブをひねってみても空回りするだけだ。
どうやら、こちら側からは開かないらしい。
あるいは鍵があれば開けることができるのかもしれない。
柵の向こうには今まで歩いていたのと同じような通路が少し続いていた。
その先には壁があり、壁には縦に長四角い窓らしきものがある。
目をこらしたが窓の外は真っ暗で何も見えない。
その後もしばらくはあきらめきれなくて、柵でできた扉の前にいた。
がちゃがちゃ揺すぶってもみたが、開いてくれる気配はない。
結局、これ以上は進めなかった。