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今は昔のお話。 村のはずれに彼岸花が咲いていた。 赤い赤い、紅より赤い。 世にも見事な曼珠沙華。 真っ赤な花は一面に広がって、数え切れぬほど咲いていた。 まるで赤い絹をひいたかのように。 草野の緑の中にまばゆい赤が広がる様は、何とも言えず美しかった。 華やかで、きらびやかで、まるで極楽のように。
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ふと、人の気配を感じた。 ガタガタと震えながら顔を上げれば、目に飛び込んだのは赤い花。 恐れと興奮に吊り上がった目で、男はまぶしい赤をにらんだ。 くるりと丸まった細い花びら。 すっくと立った曼珠沙華は威勢のいい娘のようだ。 男はじわりと身を起こした。 駆け通しに駆けて来たせいで、肺腑が破れそうであった。 心の臓は早鐘の如く、どこどこと脈打つ。 そのとき、男の背にごうと熱い風が吹いた。 弾かれたように振り向く。 村が燃えていた。 火はあっという間にふくれ上がり、粗末な家々を飲み込んでいく。 戦禍の炎は緋色の舌だ。 まるで生き物のように、すべてをなめつくす。 男は食い入るように炎を見つめた。 焼けていく。 何もかも。 火を放ったのは男の味方どもだった。 目が熱い。 瞳に火の熱を感じた気がして、男は固く目をつぶった。 ゆっくりと、数を数える。 一、二、三、四……、百。いつか教えられた、落ち着くためのまじない。 目を開く。 そのとたん、男は声を上げて後ろに飛びずさった。 大地に向けた視線の先に、誰かの足があったのだ。 小さな、薄汚れた足が。 驚きに息をすることさえ忘れ、男は顔を上に向けた。 立っていたのは女の子だ。 汚い着物はところどころ焼け焦げていた。 澄み切った瞳はうつろな様子で男を見ている。 炎を後ろに黒く浮かび上がる、小娘の姿。 |
どのくらい見合っていたのだろうか。 小娘は突然崩れるようにしゃがみこむと、しくしく泣き出した。 か細い泣き声に男はハッと我に返る。 「む、村のわらしか……」 かすれる声で問うた。 小娘は顔を伏せたまま、こっくりとうなずく。 「逃げてきたのか」 男の呼びかけに答えることなく、娘は泣き続けた。 男の胸を言葉にしがたい感情が宿る。 幼子を慈しむ気持ち、弱き者を護りたく思う心。 それら全てを含む、愛おしさに似た感情が。 「泣くな、……大丈夫だから、な」 男は思った。 この子を連れて逃げよう。 俺がこの娘を守ってやろう。 そうして、なんとしても生かしてやろう、と。 「逃げよう。な、俺と一緒に逃げよう」 男の中から恐怖が薄れていった。 俺はもう一人ではないのだ。 道連れの共ができたことは、男の心をひどく励ました。 男は小娘に手を差し伸べた。 泣いていた小娘は、やっと泣き止んで顔を上げた。 涙に光る瞳。 泉のように澄んでいて、美しい。 男は頭をなでてやろうと、膝立ちのまま小娘に近づいた。 娘が言った。
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男は悲鳴を上げた。 目の前で、娘の顔があっという間に焼けただれる。 澄んだ瞳は焼き魚の目のように白く濁った。 「あっ……、あ、ぁ、あぁあぁぁぅあっ……」 男は夢中で小娘の手を振り払った。 そのとたん。 ぼうっ。 赤い花が燃えた。 一面に咲いていた花が、一輪残らず燃えた。 炎は瞬時に消えた。まるで炎が花の上を駆け抜けたように。 辺りの景色が一変する。 絢爛と咲いていた花は一瞬にしてすべて消え失せた。 代わりに転がっているのは数え切れぬ骸。 まるで死人の畑のようだ。 ごろごろと、村人も敵味方の兵も入り混じった死人畑。 愕然とする男の前で小娘が笑う。 ぱっかりと血まみれの口をあけて、ケタケタと。
オ マ エ モ コ コ デ 燃 エ タ ク セ ニ 」
俺は、死んでいたのだ。
鬨の声。
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