あのね
家から出たら
まずは左の道に行くの
どんどん行ってまっすぐ行って
最初の角を右に曲がって少し歩いたら
そのうち、広場に出るんだよ
広場の奥には大きな木があるから
その木の真南に立って、まずは南に30歩
それから東に40歩だよ。ほら、地図をあげる
赤い×印が目印だから、絶対、絶対、探しに来てね
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ちょっと懐かしい雰囲気の夢を見た。
といっても、本当にあった記憶ではない、と思う。
誰か知らない、不思議な女の子と宝物の隠しっこをして遊ぶ夢。
それぞれに隠した宝物への地図を書いて交換して。
夢の中、僕が隠した宝物はBB弾で撃つおもちゃの鉄砲だった。
夢に見た不思議な少女。
彼女が隠したのは、いったい何だったのだろうか。
目覚めた瞬間から少しずつ、夢の記憶は薄らいでいった。
やけに色白な彼女の優しげな面影がおぼろげに消えていく。
しばらくの間、ぼんやりと夢の面影を追っていた。
寝覚めの頭にかかった靄を晴らすようにあくびを1つ。
もっさりと起き出して顔を洗った。


あのね、家から出たら、まずは左の道に行くの。


着替えをして家を出る。
マンションから左の道を歩いて行けば、勤め先はすぐそこだ。
僕はデパートの婦人服売り場で働いている。
それなりに大きくて、それなりに繁盛している店だ。
自宅から徒歩で約20分。
車に乗るほどの距離ではないので、いつも歩いていく。
今日も僕は、寒い空気の中、白い息を吐きながら職場を目指した。


どんどん行ってまっすぐ行って、
最初の角を右に曲がって少し歩いたら、
そのうち、広場に出るんだよ。


建物の前に着くと、僕は時計を見上げた。
僕が働く店舗の前はちょっとした広場になっている。
その広場の一角に時計があるのだ。
時刻を見ると、いつもより30分ほど早かった。
出勤時間には少し早すぎたが、そのまま中に入ることにした。
閉店後のための準備を少ししておきたいと思っていたからだ。
今夜、クリスマス用のディスプレイが始まる。
一夜にしてクリスマスムードあふれる店内につくり変えるのだ。
毎年のことながら、忙しくもウキウキしてしまう。
お客様が入る表玄関は広場の真正面。
僕らが入るのは奥の入り口だ。
店の横に回り、奥まった入り口から中に入った。
今はまだ、いつもどおりの店内。
明日の朝には見違えるほどに生まれ変わっているだろう。


広場の奥には大きな木があるから、


今日も平和な一日が過ぎ、疲れながらも仕事が終わる。
いつもなら、ミーティングや明日の準備をしてすぐ帰宅だ。
でも、今日はもう一仕事。
店内にさまざまな飾り付けがなされていく。
僕の働く売り場のある階には、衣服以外にも色々な物のブースがある。
それぞれに工夫を凝らし、競うように飾っていくのが毎年の習慣だ。
エスカレーターの横には大きなクリスマスツリーが飾られた。


その木の真南に立って、まずは南に30歩。
それから東に40歩だよ。ほら、地図をあげる。


僕のいる売り場からでも、ツリーの上の方が見える。
わりと離れたところにあることを考えれば、かなり大きなツリーだ。
ちょうど手があいたので見物に行くことにした。
おお、デカイ。
僕の身長よりでかい。2m以上ありそうだ。
ひかえめな電飾が、ゴテゴテと飾るよりかえって美しい。
しばらくの間、惚れ惚れと眺める。
やがて、一息ついた僕は、自分の担当場所に戻るためツリーの前を離れた。
ツリーの前からまっすぐ行って、左に曲がって、少し歩いたときだ。


赤い×印が目印だから


歩いていると、突然、頭上で「あっ」という声がした。
見上げると『何か』がゆっくりと落下してくるところだった。
危ない、かな?
急いでわきに避けると、軽い音を立て、床に大きな赤い『X』が寝そべる。

「すみませーん!」

脚立の上から声が降ってきた。
どうやら通路の天井にクリスマス用のディスプレイをしていたらしい。
綿の雪とサンタやベルの飾りが、薄っぺらい発泡スチロールの板を囲んでいる。
板には真っ赤な色紙で作った『Merry X’mas!』が並んでいる…はずだが。
しかし、ディスプレイの文字は『Merry  ’mas!』になっている。
ウッカリ者の後輩をにらみつけて、赤いエックスを拾ってやった。
気をつけろよ、まったく。
ぶつぶつ言いながら何気なくエックスが落ちた場所に目を落とす。
すると、どうだろう。
白い床にキラッと光るものがある。
かがみこんで目を凝らすと、どうやらラインストーンのようだった。
人差し指の爪を四分の一くらいにした大きさのものだ。
きっと誰かの服とか爪とか、そんなとこからはがれてしまったんだろう。
つまみあげ、手のひらの上で転がした。
ずいぶんキラキラしている。
安いプラスチックの飾りでも、こんなにきれいに光るものなのかな?
そいつを眺めていると、横の方が急にバタバタし出した。

「どうした、なんかあったか。」

同期の女をつかまえて尋ねると、彼女は、うん、と困ったようにうなずいた。

「足りないのよ、石。」

そう言って、アレの、と指さしながらつけくわえた。
目に飛び込んできたのは、画用紙一枚分くらいの絵のようなものだ。

「へぇ……地図?」

それは地図だった。この階の案内図になっているらしい。
キレイなキレイなビーズでできたモザイクの地図だ。

「いいでしょ、本物のカットグラスでできた高っ級ラインストーンでできてんのよ。
 うちの目玉なんだから。」

そいつはなぜか自慢げに、『高級』を強調して言った。
胸を張る彼女は、ビーズやラインストーンを主に扱う手芸用品ブースの担当だ。
彼女の言葉に、手のひらの中の物を思い出す。

「目玉はいいけど、石ってどんなんだ?」
「白の…んーと、つまり透明なラインストーンなの。」
「デカい?」
「うん、ポイントに使ってたやつだから結構大きいかな…。」

指先で作る隙間は、さっき拾った物と同じくらいだ。
やっぱりそうか。

「これ?」

キラッと光る石を差し出してやった。

「ああっコレコレ!ヤダ、どこにあったの?ありがと〜!」

彼女は大騒ぎして飛び跳ねている。そんなに飛んだら眼鏡がずれるぞ。
僕の手から石をふんだくった彼女は、大声で誰かの名前を呼んだ。
駆けてきたのは、初めて見る女性だ。
二人はよかったよかったと喜び合っている。
せっかくのとこ悪いけど、ちょっと邪魔させてもらおう。

「ちょっ、ちょっ。誰、誰この子?」
「かっわいいでしょぉ〜。今回だけヘルプに来てくれた、あ・た・しの後輩♪」

同期の女をひっぱって小声で聞くと、彼女はにやりと笑って耳打ちしてきた。
だから、なんでお前が得意げなんだよ…。


絶対、絶対、探しに来てね。


胸を張る彼女を軽く押しのけ、僕はその女性に挨拶をした。

「どもっ、はじめまして。あ、中島と言います。」
「はじめまして、宝条です。よろしくお願いします。」

薄茶色の髪をかき上げる宝条さんの耳たぶには、ピストル型のピアス。
どきん、と。
いや、むしろ撃ち抜かれたように。
彼女の笑顔が胸に響く。別れた後も、僕はしばらく呆けたように彼女を見送っていた。

「アンタ、すごいバカッ面で手ぇ振ってたわよ。」

後日、同期の女が僕に言った言葉だ。
宝条さんに紹介してよ、何とか会わせてよ、と頼み込んでいたときだった。
何とでも言えばいい、どんなにバカバカ言われようと気にならん!

「だから頼むって、宝条さん呼んでよ〜。」
「よーし、今度の打ち上げに呼んでやろう。お礼は高くつくよ〜。」

かなりのたくらみ顔で、彼女がにやりと笑う。
普段なら恐れおののくところだが、僕はひるまなかった。
ここ数年、味わうことのなかった感覚だけれど。
ひさしぶりに、心から会いたいと思える人と出会った。
今の僕に、怖いものなんかない。


赤い×印が目印だから、絶対、絶対、探しに来てね。

そこで、待っているから。
絶対、絶対、探しに来てね。


Fin.

・・・ and I wish a Merry X'mas to you.
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