今夜はこんな夢を見た。
とても綺麗な小鳥を見つけた。
それは人間とそっくりでそれでいて小鳥だった。
見たことがないほど綺麗な羽で聞いたことがないほど美しい歌を歌っていた。
くりくりしたつぶらな瞳は黒曜石の玉のように輝いていた。
一目で気に入った。
大好きになった。
だから家につれて帰った。
小鳥は大人しく私の肩にとまり足をぶらぶらさせながら鼻歌交じりについてきた。

どこにも行って欲しくなかった。
ずっと一緒にいたかったんだ。

だから籠の中に閉じ込めた。
だが、籠の鳥は外を見て綺麗な声でさえずっている。
外の何者かがそれを聞くのかと思うとたまらなくなって窓を閉めた。
風が来ないと小鳥は不平不満を言った。
外の世界が恋しいのかと戦慄した。
外に飛んで行ってしまうのではないかと。
怖くなって籠の入り口に鍵をかけた。

低い机に置いた美しい鳥籠の中で小鳥は楽しげに暮らしていた。
籠を覗き込むと小鳥が目を輝かせて私を見上げる。
愛らしくてますます側に置いていたくなった。
籠が見えるところにある机に向かって仕事をしていたら、
小鳥が細い針金をつかんでがしゃがしゃと籠を揺らし始めた。
驚愕して近寄ると小鳥は不満そうな顔で私を見上げ、
「ぴぃ」と鳴いて腕を伸ばしてきた。
そんなに外に出たいのかと悲しくなった。
外に出たら私など見向きもせずに飛んでいってしまうのだろうと哀しくなった。
小鳥はぴぃぴぃと私に呼びかけた。
急に腹が立って私は乱暴に小鳥をつかみ出すとその羽を手折ってしまった。
ぺきりと細い骨が折れる感触に総毛だつ。
甲高い悲鳴をあげる小鳥を見て思った。
こんなはずじゃなかったのに。
こんなことをするつもりじゃなかったのに。

痛みに這いずる小鳥を見てなんてことをしてしまったんだろうと思った。
慌てて介抱したところ小鳥はまもなく元気になった。
だが折れた羽は元には戻らず曲がったままの哀れな姿になってしまった。
これでもう飛べない。
言い表しがたい複雑な気分の正体が罪悪感と安心感であることに気づくにはしばらくかかった。
ある日、
家の外を歩いていると小鳥の声が聞こえた。
大好きな大好きな綺麗な声が聞けてとてもとても嬉しかった。
しかし気づいてしまった。
この歌を聞いているのは自分だけではないことに。
もしかしたら私の大事な小鳥は私ではない何者かに歌いかけているのかもしれない。
そう思うとたまらないほど悔しく腹立たしくなり、
私は小鳥の舌を切り嘴を割り砕いてしまった。

小鳥は歌を歌えなくなった。
食事も一人では満足に取れず私が喉の奥に差し入れてやるどろどろのおかゆが唯一の食料だった。
そのうちに私がいない隙に小鳥が雨戸の隙間から外を見ていることに気づいた。
まだ私以外のものを見ようとするのかと腹が立って私は小鳥の両目をつぶしてしまった。

小鳥はみるみるうちに元気がなくしていった。
色艶も失せてあんなにふわふわと滑らかだった毛並みはバサバサに荒れていった。
「ひぃ」。
かすれた音を喉から漏らして小鳥は何かを訴えてきた。
切なくて哀しくなって私は小鳥を見ずにいたいとすら思ったが、
それでも大好きな小鳥だったからやはり気になって毎日面倒を見た。
ある日、
小鳥は私の手を蹴飛ばした。
世話をしようと差し入れた手をちっぽけな鉤爪のついた足で蹴り精一杯の拒否を示した。
信じられないほど腹が立ち、
カッとなった私は小鳥の足をもぎ取ってしまった。
血がたくさん出て小鳥は地を這うような声で悲鳴を上げた。
泣き声を出せないはずの喉から低くしゃがれた音を出して悲鳴を上げていた。
我に返って愕然とした。
いったい何をしているんだ私は。
このままでは小鳥が死んでしまう。
早く手当てをしなければ。
だが動けなかった。
這いずって籠の奥に向かう姿を見て私から逃げる気なのかと憎らしく思えた。
大好きだったはずなのに。
どうしても手元に置いておきたくて、
ただそれだけのはずだったんだ。

気がつくと何もかもなくしていた。
もう綺麗な羽はどこにもない。
美しい歌も歌えない。
私の顔を見ることすらできない。
ぼろぼろの"小鳥だった何か"がそこにいた。
もう小鳥でも何でもないほどにぼろぼろの上にもぼろぼろの哀れな雑巾のような生き物が。

こんなはずじゃなかった。
こんなことをしたかったんじゃなかった。
ただ一緒にいたかっただけなのに。
ただ一緒にいられたらそれだけでよかったはずなのに。

哀しくて崩れ折れた私の頬にぴたりと小さな小さな掌が触った。
目も見えないはずの小鳥が一生懸命手を伸ばして触れてきたのだった。
悲しくなった。
たまらなくった。
声をあげて泣いたがもう時すでに遅く小鳥は二度と元には戻れない。

夢の中で夢を見た。

私は小鳥を食っていた
頭からバリバリと
生きたまま
こうしてしまえばもう誰にも盗られずにすむと考えたのだった
口の周りに血がついて抜け落ちた羽が貼りついて
ふと我に帰ると小鳥がいない
それはそうだ
たった今食べてしまったのだから

半狂乱になって飛び起きた。
口を押さえて大声で泣いた。
叫びながら泣きじゃくった。
そんなことをするつもりじゃなかったのに。

今朝はそんな夢を見た。

もしあの夢のとおりなら今すぐに小鳥の籠がある部屋に部屋に駆けて行って、
羽を折る前に逃がしてしまおう。
もう羽も何もかも壊してしまった後だというのなら、
誠心誠意介抱に努めて何としても元気にして、
大枚をはたいて義羽と義足と義嘴を作って身につけさせてから、
舌がなくとも餌が食べられるよう医者に懇願して何とかしてあげよう。
それがすんだら放してあげよう。
どこにでも飛んでいけるように。

心配そうに顔を覗き込んでくれた君にそんな話をしたところ、鼻で笑われてしまった。
「夢の中の小鳥は君にそっくりだった。実にそっくりだったんだ、」と打ち明けてしまったからだ。

「わたしだったら飛んでなんか行かない」

そう言って君はこう話しだした。

「小鳥が籠から出たがったのは貴方の肩にとまりたかったから。
 きっと貴方の頭や肩にとまって仕事場にまで家の外にまでついて行きたかったからだよ。
 そんなこともわからずに傷つけて閉じ込めようとするなんて、貴方もずいぶんと鈍い人ね。」

呆気に取られて返す言葉もなかった。

しかしこれは喜べばいいのか、悲しめばいいのか。
自分の愚かさを笑えばいいのか、どうせ私の不安は君にはわからないのだと泣けばいいのか。
ベッドに横たわったまま、私はいかにも難題であると寝ぼけた頭でぼんやりと考えた。



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