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問題は帰り道なのだ。


お仕事そのものは大成功に終わった。

まんまと依頼を達成した二人の少年は、深刻な表情で携帯電話を眺めている。 そこにはこんなメールが映し出されていた。

『高速道路で事故あり、渋滞。迎え間に合わず』

スリリングなお仕事の舞台は、人里から離れた研究施設。 建物は林で囲まれるように建っていた。

二人の少年の通り名は、キッドとサクヤ。

キッドは二挺のかわいい愛銃を手にしたヒットマンだ。 迅速、正確、容赦のない射撃。 建物の最奥へと入り込み、ターゲットを倒す。

サクヤは、無名ながら最高の実力を秘めたハッカーだ。 セキュリティを制御するPCに入り込み、内側からキッドのために安全な道を作った。 ただプログラムを破壊するだけでは三流クラッカーの真似事だ。 彼がやったのは、破壊ではなく、書き換え。 サクヤの手により、PC制御のセキュリティは『異常なし』だけを示すガラクタとなった。 当然、キッドは誰に見つかることもなく、ヒットと機密情報の持ち出しを達成。

と、ここまでは良かったのだが。

「どーしよっか……」

キッドがぼやく。

「ど、どうって、どうすんだよ、何とかしてよ」

涙目で訴えるのは、まだ危険に慣れていないサクヤ。

メールには地図が添付されていた。携帯電話のGPS機能を使った地図だった。 それによると、二人を迎えに来るはずの人物は15kmほど離れた場所にいる。 徒歩で行くには厳しい距離だ。きっと、たどり着くまでに捕まってしまうだろう。

そう、問題は帰り道なのだ。

キッドはふっと視線を上げた。 視線の先には研究施設。 あの中には依頼人がいる。依頼人もまた、ターゲットと同じ施設で働く研究者なのだ。

数秒間だけ迷いを見せて、キッドはきっぱりと言った。

「戻ろう。依頼人に協力してもらう。OK?」

問われたサクヤは、プルプルと首を横に振る。

「見つかるよ、絶対見つかる」 一秒遅れて涙がぽろり。

しょうがないなと言わんばかりに、キッドは深く息を吐く。

「ここにいたって捕まるって」

正論であるキッドの言葉にもサクヤはしゃがみこむばかり。 結局、キッドは一人で施設まで戻ることになった。サクヤは茂みの中でおるすばんだ。

幸運なことに、依頼人がいるはずの部屋は1階だった。 林沿いに移動。 すばやく建物に駆け寄る。 依頼人の部屋までたどり着いたら、植え込みに隠れて小石を数発投げつけた。 コツン、ビシッ、と窓が鳴る。 物音に驚いた依頼人が窓に寄ったところへ、足音もなく走りこんだ。

「どうしたんだ、早くどこかへ行ってくれ!」

早口のフランス語が飛んでくる。

「車貸して! トラブルで帰りの足がなくなった!」

こちらも早口で言い返して、キッドは辺りを見回した。 まだ気づかれてはいないようだ。

「貸せるわけがない、私が頼んだとわかってしまうじゃないか!」

ドアの方を気にしながら依頼人が言う。

「キーつけっぱなしにしてて盗まれたことにでもしろよ! 俺たちが捕まったらもっとマズいだろ、違うか?」

つかまったら巻き込んでやるとでも言うかのようなキッドの台詞に、依頼人は顔をゆがめる。

わかった、早く立ち去ってくれ! 車はフォードのモンデオ、シルバーだ!

小さな声はいらだった響き。 ポケットから車の鍵を放り投げ、依頼人は部屋の奥へと引っ込んだ。

銀色の鍵を握りしめ、キッドは風のように駆け戻る。 隠れていた場所に戻ると、茂みの中から青ざめた顔のサクヤが現れた。

「逃げ道確保してきた。どーよ、オレって」

自慢げな言い方で、さぁ誉めろといわんばかり。 キッドはサクヤの腕を取る。 だが、サクヤの方は答える余裕もない様子でおどおどするばかりだ。 キッドはちょいと肩をすくめた。

「車借りた。駐車場まで行こ」

そのとたん、サクヤは激しく首を横に振った。

「駐車場なんか、行ったら、見つかるよ!」

キッドが無理やり引っ張ると、涙にぬれた目で必死に抵抗する。

「だったらずっとそこにいろ!」

言い捨てて、キッドはさっさと歩き出した。 数秒経ってから、あわてふためいた様子でサクヤもキッドの後を追う。


建物の裏手にある屋外駐車場は、特に囲う物もない開放的なスペースだった。

依頼者の車をあっさりと見つけて、さっそく鍵を開ける。 キッドは鼻歌交じり。 すると、サクヤが何かに気づいたような表情で問いかけてきた。

「なあ、もしかして……、運転手は……?」
「オレ!」

ぱっと笑ってキッドが返す。

「に、逃げ切れるのか……?」

サクヤは不安げ。

「大丈夫、たぶんイケる!」

キッドは笑顔全開で親指を立てる。

「何が『たぶん』だ、バカ!」

サクヤは顔色を変えて怒鳴った。

「バカ!?」
「そうだよ、バカ! その根拠のない自信はどっから来るんだ、バカー!」

大声で叫ぶサクヤ。 文句の一つも言いたくなる気持ちはわかるが、今この状況で大声はよくない。 あわてて止めようとしたキッドの耳に数人の足音が聞こえた。

建物の正面の方から、誰か来る。

「バカバカ言ってる暇ねーし。乗れ!」

ぐずるサクヤを無理やり車に押し込んで、キッドも運転席に飛び乗った。

「でもっ」
「乗って逃げるか、つかまって許してもらうか!?」

乗ってからも何か言いたげなサクヤに強い口調で問いかける。

「許すって……」

サクヤは戸惑った様子でつぶやいた。 キーを回してエンジンをかけ、キッドは静かにささやく。

「お前言ったじゃないか、つかまったらオレと依頼人のせいにするって」
「……」

どこからか人の声がする。こちらに向かって誰かが来る気配。

「どうなんだよ」

もう一度、キッドが問う。

「い、いや、わかった! 運転がんばれ!」

引きつった顔のまま、サクヤが答えた。

「おっけ、これでオレたち、生きるも事故るも一緒な♪」

どこまでも楽しげなキッド。 すかさずサクヤのツッコミが入る。

「まて、なぜ生きるの対義語が『事故る』なんだ。普通『生きるも死ぬも』じゃないのか?」
「死にたい?」

にやっと笑ってキッドが返す。

「嫌だー!!」
「俺もイヤ♪」

叫ぶサクヤに軽〜く応え、キッドはアクセルを踏み込んだ。 車はウオォンとうなりを上げて急発進。 すごい速さで駐車場を出て、狭い道路を一気に走る。

「ちょっ、ちょっと! 一つ聞いていいか!?」

スピードに息を飲んでいたサクヤが、ハッとした様子で聞いてきた。

「ナニ?」

前を見たままキッドが応じる。 サクヤはカラカラにかすれた声を出した。

「当然、免許は……」
「無い」
「運転したことは……」
「超ぉーはじめて」
「止めろぉーっ!!」

サクヤ、絶叫。 キッドの方は平然とした表情だ。

「捕まっていいなら止まるけど?」
「脇見はやめろ、危なーい!前、前、前、木ぃ!」

耳を突き刺すタイヤの悲鳴。 二人の乗った車は後ろのタイヤを派手に滑らせ、ほぼ直角のカーブを曲がった。

「へーきへーき! オートマ車なんてゴーカートじゃん!」

キッドは思い切りアクセルを踏む。

角を曲がると、道幅は急に広くなった。 まっすぐに伸びた道を二人の乗った車は猛スピードで行く。まるで矢のように。 そっとメーターをのぞいてみれば、なんと時速120kmである。 法定速度のきっちり2倍。

万が一パトカーなんていた日には、スピード違反で即逮捕間違いなしだ。 しかも運転手は、無免許の初運転。 これに耐え切れるヤツはよほど神経が図太いか、命知らずのスピード狂かのどちらかだろう。

「降りるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「今ドア開けたらさすがにヤバくねぇ?」

叫ぶサクヤに応えるキッド。 恐怖のためか、サクヤは固く目をつぶる。

「あ」

キッドが言った。

「き、聞きたくない、けど、どうしたんだ?」

心底嫌そうに、サクヤが尋ねる。 キッドはぺろっと舌を出した。

「曲がる角、飛ばしちゃったー」

言うが早いか、凄まじい勢いでハンドルを切った。

再び上がるタイヤの悲鳴。 もちろん、サクヤの悲鳴も。

「ひぃぃぃぃぃ!」

二人が乗った車は、奇跡的に進んでいたのとは反対の方向を向いて止まった。 そのまま発進、曲がり損ねた角を曲がり、迎えの人間がいる場所まで一直線。

「こんなのありそーだな、ゲームとかで!」
「こ、ここここ、こんな無茶なゲームなんかあるかぁぁぁっ!」
「たいして変わんないって。現実かバーチャルかは違うけど」
「大違いだー!!」

のんきなキッドと必死なサクヤ。

「ヤだよ、誰か助けて……」

サクヤは瀕死のような声を出す。

「ははっ、だーらしねぇー」

ちょっぴり足がブレーキに届きづらいという致命的な事実を胸に秘め、キッドは笑う。

二人は5分足らずで目的地に着いた。 迎えに来ていたハコ屋の爺さんなる人物は、後にこう語ったという。 あんなにひどい運転はギャングのカーチェイスでもめったにない、と。

無事に行き着いて何よりだ。 無謀運転から交通事故、主人公死亡でジ・エンド。 そんな最終回はごめんである。

「無事に着いてよかったが、運転の練習がいるな」

渋い顔で苦笑するじいさんに、キッドはこくんとうなずいた。

「俺もそう思う。免許とろっと。なあ、サクヤ」

サクヤは声もない。真っ白に燃え尽きた様子だ。

こうして今回のお仕事も、最後の最後まで成功に終わった。 その後しばらくの間、サクヤが乗車恐怖症になってしまったことはただの余談である。


Fin.

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