Amethyst flower


「依頼者さん? こんにちはー♪」
そういって手をヒラヒラさせた彼は、まだ少年と言えそうな年頃に見えた。
キッド、と呼ばれているはずの男だ。
驚くべき事態。
こんなに若いとは。
見た目より年上だとしても、せいぜい美奈子と同じくらいだ。
こんな少年で大丈夫なのかと考え、大丈夫に決まっていると思い直す。
前評判の通りではないか。
『とんでもない腕の持ち主だが、とてもそんな風には見えない』
ほら、まさにその通りだろう?
殺し屋なんて見た目じゃないんだ。
それに、そう。子供の方が残酷なものだ。
分別臭い大人と違って、子供というやつは殺しを楽しめる。
小さな虫の羽をちぎって喜ぶのは?
そうさ、子供だ。恐ろしい子供たち!
ははははは!
キッドと呼ばれているこの少年も、そういった子供の一人なんだろう。
待ち合わせの場所は小さなカフェだった。
ここなら自宅に呼ぶよりも気づかれにくいだろうと私が決めた場所だ。
初めて行く店。
自宅からは遠く、客にも店員にも知り合いはいないはずだった。
気づかれてはならない。
何といっても犯罪だ。外に漏れれば警察などの邪魔が入るかもしれない。
目的が達成されるまで知られるわけにはいかないのだ。
誰にも邪魔はさせない。
私と少年は連れ立って奥の席に座った。
「依頼内容は『狙撃』って書いてあるけど。」
書類をめくりながら、キッド少年が言う。
私はただうなずく。
そのとき、ウエイトレスが注文を取りに来た。
私たちはそれぞれ飲み物を頼んで、押し黙る。
しばし待った。
やがてウエイトレスが熱いコーヒーとココアを持ってくる。
私はコーヒーだ。
砂糖を入れる。
すっと溶けていく。
ウエイトレスが完全に立ち去ってから、私たちは話を始めた。
「何を狙撃して、どーしたいわけ?」
少年はクィッと片眉をあげてたずねてくる。
どことなく欧米人じみた印象の顔立ちだった。
「どうしたい、とは?」
私はコーヒーカップに手をかけて、静かに微笑む。
「だからー、物ならどの程度壊すのか、とか、人なら怪我させるとか殺すとか。」
彼はこともなげに答えた。
『殺す』などはきわどい単語だ。
周りの耳目が気にならないのだろうか。
「ある女性の胸を撃ち抜いてくれ。弾は一発だ。それ以上は許さない。」
そう答えながら、平静を装う。
実際は心臓の場所がわかるほどに鼓動が激しくなっていた。
興奮。
自らの気持ちが高まっていくのがわかる。
「胸のどこ?」
問うキッド少年。
「この辺りだ。」
ぐるり。
私は人差し指の先で胸に円を描く。
「心臓の周り、だね。」
頬杖をついたまま、キッド少年が言った。
「心臓かどうかは……プロなんだから、そこは君が判断してくれ。」
知らず知らず、私の顔は笑いの表情を浮かべていた。
「殺せばいーの?」
彼は気のない様子でココアをかき混ぜている。
「違う、摘み取るんだ。」
私はやや興奮気味に言った。
怪訝そうな顔をする少年。
私は彼だけ聞こえるように、小さな声で語り始めた。
「摘み取るんだ、花を。だらしなくほころぶ前に、咲きかけのうちに。
 いや、つぼみだな。まだ淡いつぼみだ。美しいつぼみのうちに……。」
美奈子の可憐な姿が目に浮かぶ。
目標ターゲットは花?」
少年の問いにうなずく。
こみ上げてくる笑いを抑えながら。
私は必死で戦っていた。
今にも大声で歓喜の叫びを上げそうな、自分自身と。
「ああ、可憐な花だ。
 触れれば壊れそうな脆い花、あれこそ運命の人、儚く美しい可憐なつぼみ……」
声はだんだんと大きくなり、身振り手振りがつき始める。
私は半ばこのキッドという少年の存在を忘れ、夢想の世界に入りかけていた。
「あー、ストップ、ストップ。」
キッド少年が水をさす。
「人じゃないの? 植物? 『花』はたとえで本当は人?」
わかりきったことだろう。
そんなことをいちいち言わなければわからないのか。
「人だ……いや、『人』などという下劣な種族とは言いがたいな。美しい女性だ。」
美奈子。
今まさに、狙撃を依頼するターゲット。
愛しい獲物。
その姿を想えばまた胸が高鳴った。
「人ってことでOK。了解した。」
彼は呆れ顔でココアを口に運ぶ。
冷め切った反応に、ふと我に返った。
いささか興奮しすぎたか。
「で、相手が死んだ方がいいの? 生きてた方がいいの?」
キッド少年は質問をくり返す。
私はゆっくりと息を吐き、いらだちを押し殺した。
「……その質問は結果論的だな。」
「意味わかんない。」
彼は困りきった表情で首をかしげる。
やれやれ、少し難解すぎたか……。
「要するに、そんなことを気にするなということだ。
 命がどうなるか、君には関係ない。黙って仕事を行えばいい。」
そういうと少年は少しだけ理解できたというようにうなずいた。
「何も考える必要はない、どんな結果が出ようと君の知ったことではない。」
酔うような気分で、私は言葉を続ける。
「ここだ、ここだ、ここなんだ。」
自分の胸を指し、グルグルと何度も輪を描く。
「その範囲内なら、いいわけ?」
小首をかしげて、キッド少年の問いかけ。
「そうだ。」
私は唇をなめる。
この少年の目に、私はどんな風に映っているのだろうか。
きっと獲物を喰らう獣が口の周りについた血をなめるときに似ているだろう。
「あくまでも君に依頼するのは行為そのものだ。結果は、私の領域だ。
 結果。結果だ。あの胸に血の染みを作って美奈子が倒れる、という……。」
脳裏にうっとりとした霧が漂う。
霧は白く濃く流れ、徐々に人の形を作った。
純白のウエディングドレスに包まれた人影。
霧に漂うのは紫水晶の影を落とした白絹のような、淡い紫の花。
私が抱く美奈子のイメージだ。
「ミナコ?」
キッド少年は疑問系の声を上げた。それは誰だ、という明解な質問だ。
「ああ、ターゲットの名だ。」
用意してきた写真を渡す。
あまりいい写真ではなかった。
遠くから撮ったものなので顔がよく見えない。
もっとはっきりと写っているものもあったが、あえてこれにした。
はっきりと美奈子が写った写真を他の男に手渡したくなかったのだ。
写真を見たとたん、少年が「ん?」とかすかな声を上げた。
どこか遠くを見るような表情で写真を見ている。
「……どうかしたかね。」
嫌な予感がして、そうたずねた。
何かあるのではないか。
私の美奈子に何かを覚えたのではないか、この少年は。
例えば……見覚えがあるとか。
「これ、顔見えないじゃん? 資料ンなんないよー。」
ひらりと写真をひるがえす。
……杞憂だったか。
単に見えづらい写真からターゲットの顔を読み取ろうとしていただけのようだ。
「しかも隠し撮りくせぇー。」
少年が言った。
なんて失礼な餓鬼だ!
ついにらみつけていると、彼は肩をすくめて口をつぐんだ。
「大丈夫だ、当日ちゃんと紹介する。」
私は穏やかな気持ちを取り戻して、静かに言った。
「当日? てことは、日にち指定?」
生意気な口調の問いかけにも、私は笑顔でうなずく。
ああ、楽しみだ。
純白のドレスをまとった花嫁姿の君……。
「いつ?」
小首をかしげた少年に日にちと場所を告げる。
教会の名を聞いた少年は、ああ、とうなずいた。
「あの、よく結婚式してる教会。知ってる。」
にっこりするキッド少年。
「そうだ、その場所だ。」
私もにこやかに答える。
「この辺を狙うのね。」
彼はそう言いながら、親指で心臓の辺りにぐるりと円を描く。
「この円の中なら、どこでもいいんでしょ?」
そのまま親指でとんとんと心臓の真上を叩く。
そうだ、そうだ。
そのとおり。
私は何度もうなずいて見せた。
「そうだ、その場所だ。」
さっきと同じ台詞でウキウキと答える。
それから、私は急に不安を感じてたずねた。
「……周りに見つからないようにな。銃、など、まずい物は。」
声を潜めて。
誰かに聞かれていないか、辺りを見回す。
「だーいじょうぶ、オレの銃、超ちっちゃいから♪」
キッド少年は楽しそうに答えた。
小さいのか……。
ちゃんと人が殺せるのだろうか?
「威力は足りるんだろうな?」
心配になって問うと、彼はパチリとウインクをした。
「当ー然! いっつもバカバカ殺してるし。」
それはいい。
上出来だ。
はははははは!
私は静かに目を閉じた。
暗闇の中におびえる美奈子の姿が浮かぶ。
怖いかい?
逃げてごらん。
どこまでも、どこへでも。
もちろん、逃がしはしない。

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