Ghost story 〜 A spell of a promise 2

※ caution!! ※
 この先には、暴力・残虐表現が含まれています。
 回想シーンのみのごく簡単な描写ですが、苦手な方はご注意を!
 また、暴力表現のため、R−15指定になります。
 身体か心の年齢が15歳以下の方は見ちゃダメ。
 それと、この話にはいろいろと関連する別の話があります。
 第一期 01.「ゆびきり」はすでに公開済みです。
 FN57を手に入れる話とキッド初めての失敗話は後日公開予定。

目が覚めた。
カチ、カチ、と音がする。
小さな音。
何か金属どうしが触れ合っているような響き。
たとえば、銃の手入れしているときのような。


何かをガバッと跳ね除けるようなアクションでベッドの上に起き上がる。 片ひざをついてしゃがんだ姿勢で少年は両腕を前に構えた。

枕元に置いてあったものを取りながら起きたせいで無駄に派手な動きになってしまった。 “置いてあったもの”は二挺の銃。 ブローニング・ベビーという名の小さな拳銃だ。 突き出した両手に一挺ずつ握られた可愛いポケットガン。 その銃口は物音がした場所を確実に捕らえている。 銃を握る少年の名はキッド。 正式な通称はブローニング・キッド。もちろん本名ではない。

本名は青木貴史。アッシュグレイに染めた髪が特徴で、年齢は十代の後半に差し掛かる頃。 ごく当たり前の若者のように、Tシャツに寝巻き用トランクスのみという油断しきった姿で寝ていたところだ。

キッドは目を疑った。 人がいる。 誰もいないはずの自分に部屋に、絶対にいるはずのない男が。

「……何してんの?」

かろうじて開いた口は間の抜けたセリフを吐いた。

ほとんど無意識に銃口を向けた先はベッドから少し離れた部屋の中央辺り。 白くて四角いフェイクファーラグの真ん中に置いた真っ白いローテーブルに向かって彼は座っていた。 あぐらをかき、テーブルの上で何かをいじっているようだ。 テーブルはベッドに対して角を向けておいてある。 そのせいで男の体はキッドに対して斜めに背中を見せる形になっていた。

わずかに横顔が見える。

あの日と変わらぬ精悍な顔つきは明らかに欧米人のもの。 あの日よりきれいに整えられた髪の色はキッドとよく似たアッシュグレイ。 さらりと着こなしているのは生成り色の綿糸で編まれた薄手のサマーセーターだ。 それに帆布のようなベージュのごつい生地でできたパンツをはいている。 見覚えがある人物だが、見たことのないラフな服装だ。 記憶の中の彼はボディアーマーや着古したミリタリー風の衣装で身を包んでいた。

『起きたのか』

男は言った。 妙に響く、頭の中で直接鳴ったような音。 彼が話すのは確か、なまりのある日本語と米国発音の英語だったはずだ。 今話した言葉はなんだろう。日本語? 英語? なぜか彼の発した言語の正体がよくわからない。

「起きるから、普通」

失笑混じりに返してやったものの、動揺は隠せない。 その男はいるはずのない男だった。 この部屋どころか世界中のどこにも。 なぜなら、彼は。

「……生きてんの?」

キッドが問う。

思う出すのはあの日のこと。 生まれて初めて挑んだ勝負の中で、ただ一人、はっきりと記憶に残った最高の対戦相手が彼だった。

勝ったのはキッド。 敗北の条件は命を落とすこと。

男はキッドに二挺の拳銃を同時に撃つ技を教えてくれた。 指きりげんまん、そんな歌を歌いながらキッドは大降りの刃で彼の指を断ち切った。 回転する圧搾機へと続くベルトコンベアの上空、ぶら下がる格好で足場につかまっていた、その指を。 男は体を支える術を失い、コンベアの上に落ちた。 直前に爆弾の衝撃を受けていた体はもはや自由には動かず、彼はそのまま圧搾機に飲まれていった。 最期は見るも無残。 人の形をかろうじてとどめただけの肉の固まりになった、はずだった。

男はキッドの言葉には答えず、ただ手を動かしている。 ジー……と耳鳴りが聞こえそうなほどの静けさが迫る。 カチ、と、また金属が触れ合う音がする。 男はどうやら手元で何か金属質のものを扱っているらしかった。

部屋の中は暗い。 漆黒の闇というほどではないが、何もかもが黒に近い色に見える程度には暗い。 薄いブラインドだけが他よりもわずかに明るい。 だが、それが月光のせいなのか、街灯の明かりなのかもよくわからないほどその光は薄かった。

(あれ?)

ふと疑問に思う。

こんなにも暗いのに服や髪の色までなぜ見える? 今の今まで違和感を抱かなかったが、気づいてしまえば不思議な現象だ。

カチ、カチ、また小さな金属が当たる音がする。それと同時に男の手が動いて見えた。

ふと、部屋全体がぼうっと明るくなった気がした。 薄暗い、しかしものの形がはっきりとわかる程度に。 まだ日が昇る前のわずかに白みだした空と同じくらいの明るさだ。 全体に薄い闇をはいた室内ではすべてのものが青みがかって見える。

時刻は黎明の頃か。 ブラインドの隙間から青く静かな光の端がかすかにのぞく。 2DKの部屋は壁も白い、天井も白い、家具の大半も白いという白い世界。 金属製のベッドフレームと時計の文字盤だけが黒く、茶色のフローリングが唯一の色らしい色だ。 その世界がネイビーブルーに染まっている。 まるで暗い青色をした分厚いレンズを通して見るように。

「……なんで?」

気を取り直してキッドが問いかける。 思わず口をついて出たのはストレートな疑問の言葉だった。

「銃の手入れがあまりになっていないんでな」

キッドの言葉に男が答える。 気のせいだろうか、男は薄く笑ったように見えた。

「前の持ち主が、」

そう言いかけたキッドを男がさえぎる。

「知っている」

今度こそ、男ははっきりとした微笑を浮かべた。

少し明るくなったおかげで男の手元がよく見える。 ベッドから身を乗り出して眺めると、そこで扱われていたものはやはり銃だった。 一部分解され、整然と並べられている。どうやら整備されている途中のようだ。

ブローニング・ベビーより大降りなその銃の名はFNファイブセブンという。 57という数字を名称とした銃の大きさは約21cm、装弾数は20発。 どんぐりのような丸い形をした従来の拳銃の弾とは異なり、ライフル弾のような鋭い形の弾丸を放つ。

キッドにとっては、つい最近の戦いで手に入れた新しい武器だ。 同じ型の銃は以前から持っていたが、これはまた別物。 戦いの中で手にしたときは気づかなかったが、よく見るとそのイニシャルはグリップの隅に刻印されていた。

直前の持ち主は名前すら覚えずじまいだが、最初の持ち主はよく知っている。 かつてこの銃を愛用した男の名はジャック・ジェミスター。 元軍人で、退役したのち傭兵生活を経て裏の社会に飛び込んだ男。 その強さから『ジェノサイド』、完全なる殺戮者と呼ばれていた。 あの日、キッドに敗れるまでは。

「ジェノ、サイ、ド……?」

キッドがためらいがちに口にした名は男の顔を曇らせた。 ジェノサイド。 そこにいる死んだはずの男が生前につけられていたあだ名だ。

「ジャックだ」

男が名乗る。 ああ、とキッドもうなずいた。 その名も知っている。苗字も。彼の経歴も。

「ジャック……、ジャック・ジェミスター」

記憶にあるもう一つの名を呼びながらまじまじと相手を見た。

本物か?  いや、そんなまさか。 だがそこにいるのは間違いなくあの日対峙した最大の好敵手。 見間違うはずもない。ただ一人、なぜか特別に感じたあの対戦相手そのものだった。

「最近どうだ、うまくやれているか?」

男が言った。 手元では細かいパーツを爪楊枝のようなものでちょいちょいとなぞっている。 どうやら細部の掃除をしているらしい。

「うまく? 何が?」

キッドは怪訝な顔。 手にはまだ銃を構えたまま、それでもわずかに力が抜ける。 男はクスリと笑いを漏らしてこう言い直した。

「仕事は上手くいっているか?」

キッドはうなずく。

「いってるから生きてる」

端的な返答は穏やかではない内容。 言葉の外には『うまくいかなければ死ぬ仕事』という認識が隠されている。

「そういう仕事以外にもあるだろう」

そう言いながらジャックは銃身の部分を片目でのぞくように眺めた。 おそらく掃除の仕上がりを確かめているのだろう。

「あるけど……」

答えながらキッドは思わず口ごもった。

思い出すのは先日のこと。 人の生死には関わらない安全な依頼だったが、生まれて始めてわずかなミスを犯した。 他の人間ならばミスとも言えないような小さな小さなミス。 だが、それはキッドと呼ばれるこの少年には許されるべきものではなかった。

「で、どうなんだ? しくじったことは?」

ジャックが重ねて問うた。

「……」

キッドはむっと押し黙る。

「そうか」

無言の返答に応じたジャックの声は明らかに笑みを含んでいた。 あくまでも暖かい、まるで親しい相手を見守るような柔らかな響き。 詳しい返答は求めないまま、ジャックは新たな問いを口にした。

「二挺拳銃の使い方には慣れたか?」

言いながら、ジャックはバラした銃を組み立て始める。

「うん」

微笑を浮かべ、キッドはやっと銃を下ろした。 それでも指は引き金にかかったままだ。 意識してそうしているわけではない。 いつの間にか身についていた無意識の習性。 銃を手にするとついそこに指がかかる。どんなときでもすぐ撃てるように。

「何よりだ」

そう言って、ジャックは手際よく銃を組み上げ始めた。 キッドはベッドの上で体をずらし、少し足側に移動する。 この位置からならばジャックの横顔が見えた。 今までは背中越しにうかがうしかなかった表情がはっきりと見て取れる。

「家族とは?」

そう言ってから、ジャックはチラとキッドの方を見やった。

「……?」

キッドは黙って首をかしげる。

「上手くいっているのか?」

つけたすようなジャックの言葉。軽口めいた口調がどこかわざとらしくも聞こえる。

キッドは答えない。 しばらく沈黙が続いた。

「どうした」

返事のない空白に耐えかねたのか、ジャックが問いを重ねる。

その手の中ではちょうど銃が組み上がったところだ。 ジャックは手ごろな大きさの布を取り出した。 柔らかそうな布だ。 その布がどこにあったものなのか、最初からそこにあったものなのか、よくはわからない。 布を広げながら、チラリ、わずかに顔を向けてこちらの様子を気にするそぶり。 キッドは黙ったまま少しだけ視線を落とした。

「親と話は?」

口を開いたのはまたしてもジャックだった。 無言が続く中、ジャックは銃を拭き始める。キッドは答えず、ただジャックの足の辺りを見ていた。

ふと視線を上げる。

ジャックと目が合った。どうやらチラチラとこっちを伺っていたようだ。

「しないのか?」

銃を見つつ、ジャックが言った。

「んー……」

キッドは声をもらして鼻をかく。うっかり引いてはいけないのでさすがに引き金からは指を離した。

「した方がいい」

ジャックは少し渋い表情。キッドはまた黙る。

しばし、間があった。

少しだけ手持ち無沙汰。 キッドは親指でシーツのしわを伸ばす。 人差し指を引き金に軽く添えて、立てた親指でシーツをこするようにして。

「父親との関係は?」

唐突に問う声。

驚く。

「ん?」

極限まで短い音で問い返し、キッドはほんのわずかに姿勢を崩す。

「良好か?」

ジャックはこちらを向いてにこっと笑った。 その笑みはどこか作り笑いのようにも見える。 声の調子は今までの会話と変わらないが、こちらも少しだけ違う響きに聞こえる。 ほんのかすかな差がある気がするのだ。言うなれば、ちょっと他から浮いているような。

キッドは今夜初めての笑みを浮かべて、大きく姿勢を崩した。 片足を伸ばし、もう片方の足は立て膝にしてからそれを抱えるように腕を回して。

「いないよ」

キッドの答えにジャックの表情が変わった。 一瞬だけ見えたのは驚きの顔。 その直後、やや戸惑うような色を残したものの平静な表情に戻る。

「父さんはいない。でも、いい男だったって聞いてる」

キッドが淡々と続ける。 ジャックは何かを考えるように黙ってから、こう尋ねてきた。

「誰から?」
「たぶん、祖母」

キッドは小鼻の辺りをぽりぽりかきながら、こともなげに言った。

ジャックは無言。 テーブルの方に向き直り、顔だけでチラリと振り返る。

「たぶん祖母だと思うけど特に聞いたことない。でもずっとおばあちゃんG r a n d m aって呼んでた」

何かを思い出すように、どこでもない遠くを見るキッド。

「ジェントルマンだったって、父さん」

そういった頬にはほのかな微笑が浮かぶ。

「……英国人ブリティッシュか?」

ジャックが言った。

「なんで?」

キッドが問う。

「何となく」

短く答えてジャックは再び銃をふき始める。

「よくわかんないけど、親のどっちかには入ってたんじゃないかな、イギリス人」

キッドはあぐらをかいて座りなおすと両手を前にそろえてゆらゆらと揺れた。

「イギリスにー、」

そこで途切れるキッドの言葉。 うん、と小さく相槌を打ち、ジャックは先を促す。

「住んでたんだぁ、小さい頃に」

“住んでたんだ”の語尾を上げて、キッドはゆっくりと話し始める。 ジャックは黙って聞いていた。 静かな対話。 キッドは言葉を続ける。

おばあちゃんG r a n d m aがイギリス人っぽかったんだよなー……。庭とか、料理がイギリス風で。まぁでも、よくわかんない」

カラッと明るい調子で言って、にこっと笑う。

「イギリスにはおばあちゃんG r a n d m aの他にも同居人とかいて、にぎやかだったよ」

久しぶりに口にした思い出話はキッドの舌に幻の甘い味を残した。 そう、覚えている。 この味は祖母らしき老婦人が淹れてくれた、ミルクと砂糖がたっぷり入った紅茶の味。

「でもオレの名前は日本なんだよね……」

真面目な顔に戻ってフッともらしたのは積年の疑問。 日本とイギリスには縁があるらしいのだが、自分のルーツはいったいぜんたいどういうものなのだろう?

「ふむ」

ジャックも静かに答えて眉根を寄せた。彼もわからないと思っているのだろうか。 再び考え込みそうになったところで、キッドはふと気がついた。

「よくわかったね」

そう声をかけるとジャックはふいっと片眉を上げて不思議そうな顔をする。

「何が」

そう尋ねたジャックにキッドは答えた。

「イギリスと関係あるって」

ひょいと小首をかしげて疑問系の仕草。 こちらを見ないまま、ジャックは薄い笑みを浮かべる。

「ジェントルマンと言ったからな。ただの連想だ。それにお前の英語には英国のなまりがある」

彼が語った理由に対し、キッドはフンと鼻で笑って見せた。

「そんなのたまたま習ったのがそっちの発音だったのかもしれないじゃん」

楽しげに体を揺らし、ジャックの返事を待つキッド。

「顔がややヨーロッパ系に近く見えた。だから混血なのかと。 それに、そもそも日本で育った子どもの多くは祖母のことを『グランマ』などと呼ばない」

ジャックはいたって真面目な顔でキッドの疑問に答えて言った。

「詳しいじゃん、日本に」

キッドが笑うとジャックも微笑を見せる。

「妻が日本人だった。昔、日本に住んだこともある」

返ってきたのは意外な言葉だった。 かつて対戦したときにある程度の素性を調べたが、そこまでは気にしていなかった。 きっと傭兵になる前のことなのだろう。

「へぇ」

短い感想の声をあげ、キッドは再び黙る。

また、少し間。

「……会ったことはあるのか?」

ジャックの声がした。 顔をあげてそちらを見れば、銃をふく手が休みがちになっている。

「誰に?」

わかりきったことを聞いてみる。

「……父親に」

律儀に答えて、ジャックはチラリとキッドに目をやった。 さっきからチラチラと見てばかり。目を合わせて向かい合うふうにはならないようだ。

「さぁ〜? 記憶にはない」

首をひょいとかしげて答えてやる。

「そうか」

キッドの回答にジャックは複雑な表情。 銃をふく手が素早く動き出した。 まるで、何かを振り払おうとしているかのように。

と、そのときだった。

ふと気づいたようにジャックが顔を上げた。 銃をテーブルに置き、キッドの方に向き直る。

「……母親は?」

ジャックが問うた。

「死んだ」
「……いつだ?」
「オレが6歳のときに」

短い問答はそこで途切れた。

今度こそジャックの顔色が変わる。 はっきりとショックを受けた表情。自然と寄る眉、見開いた目が衝撃の大きさを物語っている。

「家族は、」

しぼり出すような声。 キッドは笑顔のまま、少しだけ身構えた。

「家族はいないのか?」

やっとのことで喉から出たような問いかけに、キッドはきょとんとした顔で応じた。

「一緒に住んでる人?」

片眉を上げて疑問系の顔。 戸惑いを感じる。何がこの男にそれほどのショックを与えたのかがわからなかったから。

「家族だ」

重ねた問いかけは深い響き。 キッドの顔から笑みが消えた。ぐるぐるとした何かが頭の中で回る。『何か』の正体は自分でもわからない。

「……」
「……」

互いに無言。 ジャックはやや唇を開いた真剣な顔でキッドを見ている。

「…………」

口を利くことができないまま、キッドはしっかり体育座りをして膝に顔をうずめてしまった。

「………っ、そう、か……」

答えがないことを答えと受け止めたのか、ジャックはそう言ってテーブルに向き直る。 あぐらをかき、さっきと同じ姿勢に。 そしてまたせっせと銃をふき始めた。 もうふかなければならないところなどどこにもなさそうだというのに。

「一人で暮らしているのか」

そう言って、ジャックはぐるりと部屋を見渡した。

「いい部屋だな」

努めて明るく。そんな印象を受ける。

寝室を兼ねたこの部屋にはベッドと真っ白い机、それに洋服用の棚があった。

洋服を入れておくための棚はいわゆる見せる収納。 扉のない、細かく仕切られた背の高い作りだ。 白い棚板に仕切られて積み重なった色とりどりのシャツやボトム。 たたまれた衣服たちの彩りがまるで絵の具箱のような雰囲気を生んでいる。

机の上には白いパソコンと黒いディスプレイ、白いキーボードがあった。 観葉植物が入っていそうな白い小鉢は空っぽのまま。

小物がいくつかあるけれど多くはないからスッキリした印象の部屋だ。 棚や机が奥行きの浅いデザインだからか、ベッドがあるわりには床が広く見える。 ゴミ箱やティッシュボックスを覆うケースなどの生活品は統一されたデザイン性の高いものばかり。 そのせいで<シャレたモデルルームのような生活感のない部屋>に見える。

引き戸を隔てた隣の部屋は居間だ。 居間には無駄なものが一切がなく、ますます<シャレたモデルルームのような生活感のない部屋>そのもの。 確かに、ある意味“いい部屋”に違いなかった。

「いつから日本に?」

そう問うたのはジャックの方だ。

「小一から」

むしろアンタはいつ日本に現れたのだ、と内心思いながらキッドが答える。 ジャックは「ん?」とでも言いそうな表情で頭を上げ、キッドの方に顔を向けた。

「一人でか?」

その問いかけにキッドはまた小首をかしげる。

「しばらく親戚と住んでた」
「……ああ…」

ジャックは銃に視線を落とし、忙しいくらいの速さで銃身をふく。

「……イギリスの家族とは?」

またジャックが問う。 二人の会話は一方通行だ。ジャックが問い、キッドはただそれに答えていく。

「特に連絡とってないけど……クリスマスカードは毎年来るよ。おばあちゃんG r a n d m aと当時同居してた下宿人から」

キッドは銃を握ったまま髪の毛をかき上げた。 どこかに髪の毛が引っかかったのか、少し「む、」とした表情で手元を見る。 ジャックはその様子をチラと見て、少し安心したように微笑んだ。

「日本の親戚とは?」

微笑を残したままの質問。

「会わないよ」

キッドの答えは「ふ」と「は」の中間の音で軽く笑いながら返された。

「そう、か」

ジャックの笑みがまた消える。 二人の会話はまた途切れるかに思えた。


「あなたは?」


問いかけ。

ジャックが一時停止ボタンを押されたかのように固まる。 その質問はキッドの唇から発せられたものだった。

問いかけられた。

ようやくそう気づいたかのようにジャックがふわりと笑う。 やっと会話が双方向になってきた、そう思ったのかもしれない。

「『子ども』とは話すの?」

キッドに問いにジャックはちょっとだけ笑った。

「まだ会えてない」

言いながら、銃を膝に置く。

「……会えるもんなの?」

少しだけ潜めた声でキッドが尋ねた。

「さぁ」

本当に知らないのだろう。ジャックは少しだけ困った顔でそう答えた。

「ふーん」

拍子抜けたような声をもらすキッド。 ジャックは神妙な顔で布をばさばさと降り、言った。

「あまり私に似ていなかった」

息子、のことだろう。

ジャックには息子がいた。 ジャックがうっかり自室のドアを開けていたのは、夏の暑い日。 彼の息子がどうして父親の部屋に入ってしまったのか。今となってはもう知ることはできない。

父親の部屋に入ったジャックの息子はそこにおいてあった“よくわからないもの”に触れてしまった。 それは作ったばかりの爆発物。 触れた場所が悪かったのか、それとも神が戦いに魅入られた男に与えた罰だろうか。 敵を倒すために作られた武器が彼の息子の命を奪った。 爆音に驚いて自室にかけ戻ったジャックの前には無残にも血にまみれ、体の一部を失った息子が倒れ付していたのだ。

あなたが殺した、泣きながらののしる妻の叫び。 二度と戦えないだろうと思った病院の帰り道とまた戦いたくなった葬儀の帰り道。

それらももう昔のことだと言ってしまえるのかもしれない。 その原因を作ったジャックも今はもう、この世を去った後なのだから。

「……妻に似て、」

ぽつり、ぽつりとジャックが言う。

「戦争なんて危険なことに参加するのは、真っ平だと言っていた。そういう点で、私とは似ていない」

キッドはほんのりと笑みを浮かべてこう聞いた。

「顔は?」
「似ていた」

答えながらジャックも笑む。

「似てんじゃん」

さもおかしそうにキッドが言うと、ジャックもまた声を出して少しだけ笑った。

「お前の方が私に似ている」

突然、ジャックが言った。

不意をつかれる。 キッドは知らず知らずのうちに息を飲んでいた。

「よく似ている。昔を思い出す」

ジャックがにっこりと笑う。 キッドはふふんと鼻から笑いを漏らした。

「へぇ」

意外だ、とは言わなかった。

テーブルの方に顔を戻し、ジャックは布を置く。 銃を取ってしげしげ眺めるその横顔。キッドはただ彼を眺める。

静寂。

滑らかに動く時計の針は白く光るばかりで音も立てない。 シーンとした中、かすかに冷蔵庫がうなる音がする。 ごく静か過ぎて普段は決して気がつかないような、軽微なモーター音。

「親子、みたい」

ぽつりと言う。

「オレら。親子みたい」

こぼれだしたキッドの言葉。 ジャックは何も言わないが、少しだけ口元がほころんでいる。 なんとなく照れくさい空気が流れた。 ジャックがコトリと銃を置く。 テーブルの上で横たわるFN Five-seveN。精悍なフォルムはどこかジャックに似ていた。

ふ、とジャックが時計を見た。 キッドもつられて見ようとするがなぜかよく見えない。 視線をジャックに戻すと彼は立ち上がっていた。

(いつの間に!?)

思わずギョッとする。 何の物音も、気配すらも感じなかった。 瞬きを忘れた、次の瞬間。


ドンッッッ!


強い衝撃を感じた。

気づくと仰向けに寝ている。 ちゃんと枕に頭を置いて、最初寝ていたときと同じ姿勢で。 手の中に銃の感触もない。

室内は、青く薄暗い。

ドンッとまた衝撃があり、体の上に重いものが乗った感覚があった。 グッ、と一瞬目をつぶる。 じわりと開くとジャックが馬乗りになっていた。

(何すんだよ、重い!)

そう言いたいが、声が出ない。 体もピクリとも動かない。これが金縛りというやつだろうか。 ジャックはキッドの両肩に手を置き、じっとこちらを見下ろしてくる。 一見は無表情のようだが、目を合わせていると何か感情のこもった眼差しに見えてきた。

暗転。

視界が一気に暗くなる。

「約束だ」

遠くジャックの声がする。

「また会おう」

そっと小指に触れられた感覚があった。 ごつごつした細い指の感触、たぶん相手も小指で触れている。

「あのとき、確か歌っていたな。あの歌は知っている。約束するときに歌う歌だ」

指きりげんまん、約束どおり。

蘇るあの日の記憶。 自分が口ずさむ歌、歌声が抜ける喉の感触、廃工場のほこりっぽいにおい、薄暗さ。

鉄製の足場の端につかまった指、指に乗せた刃、踏み下ろした自分の足。 指をちぎり骨を断った感触。血の臭い、体がつぶれてはみ出してきた臓物の臭い。

そっと頬をなでられる感触があった。 ぞわり、なぜか総毛立つ感覚。キッドは思わず目を見開く。 暗闇の中にジャックの姿が見えた気がした。 明らかな感情の色が宿る、彼の気配。 キッドの方は無表情になる。

「おやすみ」

優しい声がした。 キッドは無表情に近い表情のままだ。きっと誰が見たって何を考えているかわからないだろう。

「good night,kid. Sweet dreams.」

ぼんやりとしたジャックの影が慈愛の目で微笑んだように思えた。

「good night,dad」

キッドも薄く微笑む。

暗闇の中で、再びうっすらとジャックの表情が浮かび上がって見えた。 その顔は、どこか悲しそうに眉を寄せて、ひときわ深い闇の中に消えていった。


ハッ、と。 目が覚めた。

「……夢?」

体が動く。

ゆっくりと起き上がりながら部屋を見渡してみた。 誰もいない。 暗い部屋。ブラインドの隙間からかすかに街灯の白い明かりがにじんでいるだけだ。

夢で見た自分の部屋を思い起こす。 今にしてみれば、夢に見た部屋は実際のものとは微妙に違っていた。 たとえば、この部屋の中央にはローテーブルなんて存在しない。 前に置いたことはあるけれど、夜中に起きたときに寝ぼけて蹴るという理由で片付けてしまったんだった。 本当のありかは部屋の片隅、クローゼットの扉の脇。 目立たない位置の白い壁に裏返しになったテーブルが立てかけてある。 今は使わないけれど捨てるのはもったいない気がしてなんとなく取ってあるのだ。 本当にクールでモダンでシンプルで、素敵なデザインのローテーブルだったから。

他にも、床は茶ではなくほとんど白と呼べるほど明るい木肌の色だし、ラグは四角ではなく丸い形。 ラグの質感だってフェイクファーではなくさらっとした印象のカーペットだ。

数字が書かれていないデザイン重視の時計に目をやれば、白く光る針が3時を過ぎた辺りを指していた。 どう考えても午前3時。 就寝してから1時間ほどしか経っていない。

まだ眠い目をこすれば、空気がジーンと鳴り出しそうなほどの静けさが耳に痛い。

そういえば、今日の、いや、昨日の夕方にはどこからか盆踊りの音楽が聞こえていた。 今まさにお盆と呼ばれる季節。この時期には死者がこの世に還るという。 日本人でもない男が日本の風習にあわせて出てきたのかな? そう思うと妙におかしい。

くだらない。 そんなこと、あるわけないって。

ふるふると頭を振って、キッドは再びベッドに横たわった。

まぶたの奥、なぜか浮かぶのは彼の姿。なかなか寝付けない夏の夜は無情にも朝へと移り変わる。

やがて鳥の声が聞こえ始めた頃、キッドは再び眠りに落ちた。 その部屋の隅、真っ白い机の上には夢の中では空っぽだった白くて小さな植木鉢。 本当は緑のサボテンがちょこんと植わっている。小さな観葉植物はカノジョからの贈り物だ。

サボテンもうとうと眠りそうな休日の朝。次に見るのは何の夢だろう?  そろそろ空き始めた腹の具合からして、おいしいものでも食べる夢になるのかもしれない。




皆さん、おやすみなさい。
今日も良い一日を。
そして夜が更けたなら、今夜はどうかあなたもよい夢を。

Fin.

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