Heroism

ずっと憧れてた年上のひと、近所に住んでるお姉さん。 ちょっときれいで華やかな女の子。俺の初恋だったおねえさん。

その人に恋人ができた。 いや、そんなのは今日に始まったことじゃない。 彼女が中学生のときも、高校生のときも、その後だって彼氏はいた。 今回はまた新しい恋人ができたって話だ。 そんなのは大したことじゃない。 ただ。 今までと違ったのはちょっとしたトラブルが起きたってこと。

その恋愛にはライバルがいた。 お姉さんのライバルってことね。 つまりはお姉さんと同じ男を好きになった女の人がいたんだ。

新しい恋人はお姉さんより1つ年上の男。 ライバルはそれより2個上の会社の先輩なんだって。 このライバルってのがどーもオカシイ人だったみたいで、大変な騒ぎになった。

「ころしてやる」

だなんて。 そんな物騒なことを言って包丁持ってきたんだって。

それで周り中が大騒ぎになって。 警察が出てきたり、向こうの女の親っていう人たちが出てきたりして。 さんざもめた挙句、『和解』ってことになったらしい。 よくわかんないけど。 何でも向こうの女がすごい家のお嬢サマだとか何とかで、本気で争わない方がいいんだってさ。

でもまだ安心できないんだ。 風の噂で聞いたけど、向こうの女はちっとも納得してないみたい。 確かにもうお姉さんの彼氏を付け回したりお姉さんを刺しに来たりはしないんだけど。 それって別にあきらめたからじゃなくて来たくても来れないかららしい。 向こうの親とか周りの人がこりゃマズイって女を家に閉じ込めてるんだって。

「絶対にナオミさんに危害を加えるようなマネはさせません」

……って、スーツ姿のおじさんたちが説明に来たみたいだよ。 高い菓子折り持って。

あ、ナオミってのは俺が好きな近所のお姉さんの名前ね。

そんなこんなでナオミお姉さんはまだ新しい恋人とつきあってる。 相手の男はお姉さんと同じ会社の社会人。 仕事のできるスマートな奴。 あと眼鏡。

仕事が忙しいんだってさ。 ついて歩く暇はないんだってさ。

『わかってるけど気持ちがほしい。せめて『悪いけど』くらいあってもいいはず(>_<。)』

携帯電話のディスプレイの中、ナオミお姉さんがぐちぐち愚痴る。 俺にメールが来るなんてどれくらいぶりだろ。 それだけ愚痴れる人がいないんだろうか。 なんで? お姉さん友達多いはずなのにな。

何が“ついて歩く暇はない”なのかっていうと、 お姉さんが“会社の行き帰りが怖い、一人で歩きたくない”ってようなことを恋人に言ったらしいんだ。 そしたらそう返ってきたんだって。

要するにお姉さんのボディガードなんかしてる暇はない、と。 “むちゃくちゃ言うな、一人で帰れ”ってなことらしい。 ちょっと冷たいんじゃない? その男。 不安なんだよ、お姉さんは。 生まれて始めて殺されそうになったんだもん。当然でしょ。 そりゃ毎日ついて歩けとは言わないけどさ。 せめて会社から最寄り駅までくらいは送ってあげてもいいと思うんだけどな。

というわけで、俺は一肌脱いであげることにした。 彼氏の代わりってわけじゃないんだけど。 送り迎えしてあげようと思ってさー。 どうせ毎日暇だからそのくらい、いいだろ?  ほら、お姉さんは大人だけど女の子だから、やっぱり力とか弱いし。 守ってあげられると思うんだ。 ちょっとカッコイイじゃん、騎士ナイトみたいで。

俺は結構ケンカ強いからいけると思うよ。 たとえ、武器が使えなくても。 え、武器?  だってさすがに顔も身元も知られすぎてる人の前で法に触れるようなことはマズイでしょ。 だから素手じゃないと駄目だと思うんだ。 映画ならこんなとき、バンバンって撃ち合うんだろうけど。 そういうのは無理だからしょうがない。

話し合いの末、会社まで迎えに行くのはお姉さんが恥ずかしがるので止めにした。 朝はお姉さんちのおじさんが車で送ることにしたみたいなので、帰りだけ迎えにいってあげるって話。 まぁ、何も起きないかもしれないけど。 ちょっとした英雄趣味ヒロイズム。 俺の自己満足。 だからなーんにもお礼とかいらない。 ただ毎晩、会社の近くの駅まで出て行って家まで一緒に帰る。

「そういうのでどう?」

そう聞いてみたら、お姉さんもいいって言った。

「よろしくね、タカシくん」

俺にそう言って、お姉さんはにっこりとした。 久々にちゃんと笑顔のお姉さんが見られて、俺はなんだかホッとしたのだった。


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