Heroism

『こんなでーす。死んでまーす……』

言いながら、スニーカーをはいた足先が地面に倒れた人間の肩をちょんちょんとつつく。 仰向けに倒れているのはふわふわした髪型の若い女性だ。 着ているワンピースは薄い黄色のチュニック型、淡い花柄の可憐なデザイン。

女性はまるで驚いたような顔つきで両目を見開いていた。 まばたきはない。 どこも見ていないようでどこかを見据えたようなうつろな目をただ開いたまま。 スニーカーの足先はツツ……とずれて彼女のこめかみを押す。

ぐらり。

女性の頭が横を向いた。 女性のこめかみにはどす黒い穴が見える。少し焼け爛れた弾痕の花だ。

『以上でーす……』

動画はそこで終わり。 食い入るように携帯映像プレーヤーをのぞいていた女が奇声を上げる。

「キャハハハハハ、やったやったぁ!」

やったやったと繰り返しながら女はぴょんぴょん飛び跳ねた。 電気を消した室内。 プレーヤーの画面、そして熱帯魚がヒラヒラと泳ぐ水槽だけが明るい。 女が跳ねるたびに彼女が着ている厚手のワンピースがばさばさと揺れた。 動画の中の女性が着ていたのよりもずっと濃い黄色のワンピースだ。

無地の鮮やかなイエロー、まるで勝ち誇るように。 女がくるくる回るとワンピースの裾がぶわりと広がった。

「ありがとう!」

そう言って、女は傍らの人影に勢いよく飛びついた。 それから、首っ玉にしがみつくようにして熱烈なキスを狙う。

「うわっ、ちょっ!」

のけぞってキスを避けるのは髪をアッシュグレイカラーに染めた少年。

「ちょ、ちょっ。やめて」

なおもしがみついてくる女を押し止め、灰髪の少年は苦い顔をする。 口を尖らせる女は依頼者。

「謝礼は前金でもらってるから、これで全部オシマイ」

とびっきりの嫌そうな顔でそう言って、灰髪の少年はひらりと身をひるがえした。

黒いジャケット。 ライトグレーの薄いパーカー。 着古した感じのヴィンテージデニム。 そして銀色のウォレットチェーンにはウルトラマリンブルーの飾り物。 暗い路地の真ん中で凶弾を放った、あの少年だ。


『―― 次のニュースです。 今日未明、港区で女性と少年の遺体が発見されました。 警察などの調べによりますと遺体は両者ともこめかみを拳銃のようなもので撃たれており……』

ニュースチャンネルが読み上げる声は二人のいる部屋までは届かない。 少年は女の腕をすり抜けて、大きな窓へと駆け寄った。 ここは2階。大きな一軒家の2階。 窓の外は蒼い薄明かりに包まれている。時間はまさに彼誰時、黎明の頃だ。

ひらり。

にぎやかな女を置き去りにして少年は窓の外へと消える。 窓の下には1階の屋根。 少年は屋根の端へと駆け寄って、軒へと身を屈めた。 そこにあった地面へと伸びる雨どいの管をポールのように抱えて滑り降り、地上へ。 広い庭を駆け、外へと向かう。

「ありがとう! またお願いね!」

明るい大声に振り向けば依頼者の女。 女は2階の窓から盛大な投げキッスを送って寄こすところだった。 ヤダヤダと言わんばかりに顔の前で両手を振って見せて、「うへぇ」と独り言。 少年はそそくさとその場を去る。

しばらく行って振り返れば、2階の窓にはまだ鮮やかな黄色が揺れていた。 輝くような笑顔でいつまでも手を振り続けている今回の依頼者。

もう一度『うへぇ』とでも言いたげな表情をして。 少年は肩をすくめて歩き出した。 女はいまだに手を振っているが、見送られる背中の方はまるで関わりたくないと言わんばかり。 もう後ろを振り返ることもなくキッドと呼ばれる少年は薄明かりの町に消える。

その日、ある町に住んでいるタカシという少年は騎士ナイトになった。 昔からちょっとだけ憧れてたきれいなお姉さんを守るために。 けれども彼が騎士だったことを知っているのはキッドと呼ばれるもう一人の少年だけ。

破られたヒロイズムが脚光を浴びることはなく。

翌日のニュースは告げる。 発見された二つの遺体。 事件。 死亡した少年による無理心中との見方もあり慎重に捜査中とのこと。 少年が女性に好意を持っていたという証言や彼がつい最近ナイフを買ったこと、 そして殺傷能力のある改造モデルガンを入手したと話していたという証言が取り沙汰される。

いくつかの真実といくつかの虚構。 それらが組み合わさって偽りのストーリーを作る。 仕組んだのは誰?  きっと手際のいい、顔のないプロフェッショナル。 プロフェッショナルよりさらに遠い裏の裏には真犯人がいる。 それはキッドと呼ばれる一人の暗殺者。 本当に二人を撃ち抜いたのは敗北した騎士より1コ年上の若き死神だ。

二度と目覚めることのない騎士。 けれどもアクティブなショートヘアをアッシュグレイに染めた死神はご機嫌な朝を迎えた。 正義も悪も“かんけーない”からキッドは今日も依頼を受ける。 この街のどこかで、誰かの思惑が込められたシゴトの依頼を。

自分はいつでも主人公。 キッドはそう思っている。 けれどもオレは正義ヒーローじゃない。 そうも思っている。 どっちかってーとアンチヒーロー、英雄主義ヒロイズムの敵対者。 そんな自分がカッコイイとちょっとうぬぼれている。

自らが撃ち倒した騎士の名前が自分の本名と同じ「タカシ」だったことを、キッドが思い返すことはない。


Fin.

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