The photograph

一夜明けた早朝。


ガァンッ。


乾いた音が響く。 街のどこかの地下にある実銃の練習場、その片隅のレーンにキッドはいた。 片手で一挺の銃を構え、引き金を引く。


ガァンッ。


腕が大きく揺れ、狙いがはずれる。 キッドが握り締めている銃はいつも使っているはずのブローニング・ベビーではなかった。 ブローニング・ベビーよりずっと大きい、立派な拳銃だ。


ガァンッ。


もう一発。 弾丸は的の横の何もない空間を通り抜け壁に突き刺さった。 キッドは腕を下ろすと、不満げな顔でぐるぐると肩を回す。 その背後に人影が現れた。 そろり、そろり。 人影は足音を忍ばせてキッドに近づく。

あと2・3歩まで迫ったときだ。

「で、どーだった?」

振り向きもせずにキッドが言い放った。

「……脅かすつもりだったのに。やっぱ気づかれたか」

苦笑とともに言う人影の正体は圭介だ。

「で、どう? どっちが目標ターゲットかわかった?」

相変わらず振り向かないキッドの背に向けて圭介が答える。

「バッチリ」

ふぅんと気のない声をもらしながら、キッドは再び銃を構えた。


ガァンッ!


放たれた弾は的の端をかすめていく。

まだ狙いが定まらない。 キッドは険しい表情で的をにらんだ。

「調子悪ぃなあ。大丈夫か?」

圭介が言う。

「まだ慣れてないんだからしょうがないじゃん! これ重いし、反動強すぎ!」

悔しそうに吐き捨ててキッドは右手に持った銃を見つめた。

「せっかくやったんだから使いこなしてくれよ〜」

そう言って圭介は笑う。

キッドが握っている銃の名はファイブセブン。 以前、圭介からキッドの手に渡された銃だ。 この銃は小さなブローニング・ベビーとはくらべものにならないパワーを持つ。 当然、発砲時の反動も強い。大きさや重さも格段に異なる。 そのためか、ブローニング・ベビーに慣れたキッドにはなかなか扱いづらいようだ。

「使いこなせったって!」

キッドは口をとがらせる。

「練習時間取れなすぎ! 他に撃てる場所ないからココ来るけどいっつも激混んでんの。 めっちゃ待たされるのに持ち時間少なくて、結局、ちょっとしか練習できないし」

文句を並べ立てながら構える銃身。

引き金を引く。


ガァンッ!


弾は的に向かって飛ぶ。 今度はさっきよりも少し内側に当たった。

「まぁ、日本は銃禁止の国だから練習場がないのはしかたないな」

言いながら、圭介はキッドの尻ポケットに手を伸ばす。 そしてポケットの中から一枚の写真を抜き出した。 あの目標たちが写っていた写真だ。

「オレ、銃OKな国に住もうかなー。アメリカとか」

キッドがぼやく。 圭介は苦笑いの表情で首を振った。

「ダーメ。駄目、外国なんか行っちゃ。 お前は日本にいるからさ、こんなのんきに暮らせんのよ?  日本は平和ボケボケだから警察も裏の奴らもなーんにも言ってこないだけ。 よその国なんか行ったらノータッチで済むわけないだろぉ。 お前なんか一発で目ぇつけられて自由に外も歩けないぞ、きっと」

長いセリフを言い終えて、圭介はどこかから細身の修正ペンを取り出した。


ガァンッ!!


銃声が響いて、的に新しい穴が空く。 穴の場所は前よりもさらに中心に近かった。

「それはそうと例の件な」

圭介の言葉にキッドが振り向く。

「俺以外じゃ手に入らない情報なんだから高価買い取りでよろしく」

圭介は得意げに修正ペンを振って見せた。

「へぇぇ、すっごーい」

全くの棒読みでキッドが応じれば、圭介は似合わないウインクを一つ。

「すごいだろ、俺にわからないことはこの世にないのだ」

そんな圭介をしばし見やり、キッドが突然口を開いた。

「じゃあコウモリって一『匹』? それとも一『羽』?」
「は?」

圭介の手が止まる。

「今、なんか急に浮かんだ。ヤバイ気になる」

まじめな顔で言うキッド。

「何でそんなことを……」

圭介は戸惑い顔。 キッドはさらにたたみかける。

「わからないことはこの世にないんでしょ? 調べてよ!」
「いいけど金取るぞ?」

当然のように圭介が答えて、キッドはムッとした様子になる。

「ケチ」

むくれるキッドにため息をついて、圭介は頭をかいた。

「あー、じゃあたぶんだけど、飛ぶもんは全部『羽』で数えんじゃないのか?」

まったくもってどうでもよさそうな圭介の口調。 キッドはさらに食い下がる。

「でもほ乳類じゃん。ネズミに似てるから『匹』かも」

圭介はいい加減あきれた風に答えた。

「うさぎだってほ乳類だけど、あれは『羽』で数えるぞ」
「うさぎ、飛ばない」

キッドがつっこむ。

「え? あー、飛び跳ねるから……とか……」
「ありえねー!」

ガァンッ!!


口ごもる圭介に一言を浴びせながらの一発。 弾丸は中心をわずかにそれた。

「……」
「……」

数秒間の沈黙。 先に口を開いたのはキッドだ。

「イカって、なんで一『杯』二『杯』なんて数え方?」
「は!?」

またもや意味のわからない問いかけ。

「知るか、そんなの」

ぼやきつつ、圭介はカチッと小さな音を立ててペンのキャップをはずした。 それを聞いたキッドはくるりと振り返る。

「何でもわかるって言ったのに、ウソツキ!」

圭介も言い返す。

「調べさせろよ! 俺のすごさは調べる力なんだから!」
「調べろって言ったら金取る気でしょ」
「取るよ」
「ケチ!」

そのまま、両者しばしのにらみ合い。

圭介がさらに言い返そうと口を開いた瞬間、キッドはまた的の方に向き直った。 自然な動きで腕が上がり、地面とほぼ水平で止まる。


ガァンッ!!


銃声。

弾が突き抜けたのは、的の中央。

「よし、いー感じ♪」

キッドはにっこりと微笑む。 その背を眺めながら、圭介はやれやれと肩をすくめた。 圭介の手の中では修正ペンが出番を待つかのように揺れている。


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