To my Pride

改めて名乗ると、私は菜月。苗字は斉藤で、フルネームではさいとうなづきとなる。職業は彫師見習い兼予備校生。彫師は彫刻家のことではない。ほりし。人体に、鮮やかな色を彫り込む仕事。彫るものは、一般的な言葉で言えば「刺青」だ。

私は一人前ではない。本当は彫師を名乗ることも許されない駆け出しで、見習いの域を出ることのない身だ。なぜって、まだ彫らせてもらったことなどないし、彫らせてもらうわけにはいかないから。……表向きは。本当はこんな私の練習台になってくれる優しい人はいる。

高校を出てすぐに師匠の元に飛び込んで、2年が経った。ただただ見ることしか許されなかった時期から、道具の手入れを学び、下絵を学び、最近やっと小さなものから練習させてもらっている。私は、筋がいいという。先輩たちがそう言うのだから、きっとそのとおりなのだ。誇らしい。

どうして表だって彫れないのか、どうして予備校にも通っているのか。その理由は実に面倒な話になる。ご存知でしょうか、他人様の体に墨を入れるには医師免許が必要だということを。人体に染料を入れる行為は、厳しく判定すれば医療行為になるらしい。これは師匠に教わった。だから私はまだおおっぴらには彫らせてもらえず、この年にもなって医大受験を目指す予備校生なのだ。高校までは進学校に通っていたまじめな生徒だったから、受験勉強はそんなに苦じゃない。でも、医大はやっぱり難しい。

師匠は医者の免許を持っているかって? 実は持っていないのだそうだ。師匠だけではなく、巷の彫師のほとんどはそんなもの持っていない。本当は私だっていらないと思っていたくらいだ。厳密にいうと医師法に抵触する可能性があるらしいけど、昔からの伝統で許されてきたこと。

しかし近年では締め付けが厳しくなって、師匠曰く『粋じゃねぇ』ことをする警察も増えたという。だから、若いうちは免許を目指せと。30過ぎても無理ならばもう、非合法で裏の人間を相手にしてやっていけと。そんなことを師匠は言った。

私が彫り物に憧れたのはもうずっと前で、中学生の頃にはたくさんの刺青の写真が載った写真集のようなものを本屋の隅で見つけて大いに興奮したものだ。たぶんルーツは遠山の金さん。祖父母とともに楽しんだ時代劇の中で、和柄の墨はとてもとても美しかった。

真面目子ちゃんとさえ揶揄された私の職業選択に周りは驚愕したけれど、祖父母だけは全く驚かなかった。祖父と祖母は顔を見合わせて、どこか悲しげにも見える顔で笑いあっていた。私の決意は固く、周囲に思いを明かしたすぐ後には弟子入り先となる店を本気で探し始めた。18歳の女の私を受け入れてくれるところが見つからず、弟子入り先探しは難航した。

そんなある日、祖父が私を呼び出した。場所は祖父と祖母の寝室で、遊びに行き慣れた祖父母の家の中でも普段はあまり入らない部屋だ。祖母はまた悲しげな顔で意味深に微笑み、外から部屋の戸を閉めた。二人きり、祖父と私は向き合って座る。おもむろに、祖父が上の服を脱いだ。

冬でも夏でも黒か濃紺の服を着ていた祖父。風呂上りでも酷暑の日でも、いつもきっちりと服を着込み、人前では服を脱がない。娘である母でさえ裸を見たことがないという祖父。特に疑問に思ったこともなかった。だから私も知らなかった。けれど、当然ながら祖母だけは知っていたのだ、彼の右肩に大きく般若の刺青が入っていることを。

美しい般若だった。素人目にも、それが上等なものであることがわかるほど。色は薄れていて、黒かったはずの部分は青く変わっていた。それでもその絵は美しく、私の心をとらえるには十分だった。

祖父の紹介で、その般若を入れた彫師のもとに弟子入りをした。祖父と同年代の人で、昔の馴染み。若い頃は一緒にやんちゃをした仲なのだという。頑固一徹に工場で働く祖父にそんな過去があっただなんて知らなかった。

祖父に連れられて彫師と初めて会った日、祖父の彫り物は、親友でもあった彫師が一人前と認められて初めて彫ったものだと聞かされた。それにしては上手すぎると訝しがっていたのが顔に出たのか、彫師、すなわちのちの我が師匠は笑って言った。『ありゃあ、そんときのお師匠さんが手を入れたんだ』と。緊張のあまり針を刺し損ねる師匠を見かねて、師匠のお師匠様が手伝ってくれたのだという。どうりで上手いはずだ。

人体は千差万別、皆違う。腕も背も胸も一つとして同じものがなく、その体に宿る魂だって一人として同じものなどない。まさに1点もののキャンバス。そのキャンバスは描き直しを許さない。上から上手くつぶして直すことはできても、真っ新に消すことは基本的にはできない。医者先生の手術で何とかならないこともないが傷が残る。これは、しくじりを許さない業だ。覚悟がいる。彫る側も、身を彩られる側も。

一人前と認められるまでに多くの練習を重ねたとはいえ、たった1人の親友に墨を突くともなれば緊張は相当のものだったろう。若い師匠と、深く刺しすぎた針の痛みに耐える若いころの祖父を思って、この思い出話を聞いた私は思わず微笑んだものだ。


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