プリクラだけど写真を同封しました。
普通の女子に見えるでしょ?
あたしのこと覚えていますか?
もう忘れてしまいましたか?
忘れていた時のために自己紹介をします。
シンジラレナイかもしれないけど、あたしはドロボウ。
まだ駆け出しだけど。
ヒヨッ子のドロボウ。
あたしのパパもドロボウだった。ママはその助手。
優しかったパパ、今はもういない。
ママはショックで引退してしまった。あたしは後を継いだ。
パパの相棒だったオジサンがあたしの仲間。
ウソじゃない話、あたしたちは空を飛ぶ。
例えばそれは立ち並んだ雑居ビルの上を渡るとき。
あたしたちの他は誰もいない屋上のコース。
ビルとビルとの隙間は都会の谷間。
落ちればアウトの深いそれを、水たまりを避けるみたいに飛び越えてしまう。
ひらり、ひらり。あたしは上機嫌。
笑い声を立てるとオジサンは「コラ」と言う。
「声なんか立てるんじゃないよ、仕事中に。」
そう言ったオジサンの苦い微笑。あたし好みの悪人面でちょっとかわいい。
オジサンは上手に飛ぶ。
けっこう広い幅だって、高さに差がある場所だって。
ひらり、その姿はまるで大きな鳥のよう。
あたしはまだまだヒヨッ子だから、むずかしいジャンプはちょっと無理。
オジサンが渡してくれたロープをつたって渡ったり、地上に降りて移動する。
ほら、今夜も。
「ここを渡ろう。」
目の前に深い谷。
汚い雑居ビルと消費者金融ばかりが入ったきれいなビルが作る、垂直な谷。
たぶんあたしの身長よりも広いよね。
飛ぶにはちょっと広すぎる。
「飛んでみろ、ほら。」
オジサンが言う。
ひらりと渡ったその先の、金融ビルの屋上で。
やだ。
無理、無理だよ。
息を飲んで下を見ると暗い路地が見えるんだ。
壁と壁の間は小さな別世界。
上を見るとぽっかり浮かんだ春の月が見返してくる。
ああ、空が近い。
覚悟を決めて空を飛ぶ。
せいいっぱい反動をつけて、最大のジャンプ。
でも、ダメ。
十分な距離を出し切れず、惜しいところで落っこちるあたし。
全然ダメ。
けど、大丈夫。
死んじゃう前に落下は終わる。
だってあたしの腰には命綱。
命綱はさっきオジサンがビルとビルの間に張ってくれたロープに固定されている。
あたしの体はロープにぶら下がり、ゆらゆら揺れた。
ロープをたぐって、金融ビルに近づいて。
それからずるずると屋上にひっぱり上げてもらう。
腕力がないから自力で上がれないんだぁ。
「こんくらいの幅、跳べんでどうする。いかんな。」
オジサンはあの表情、苦い微笑み。
「せめて自力で上がれるようにならんとな。」
引っ張りあげたあたしの肩に手を置いて言う。
それから決まってこうつけたすんだ。
「まぁ、まだヒヨッ子だからしょうがないわな。」
私はてへりと笑って見せて、ペロッと舌を出してやる。
まだヒヨッ子だから。
それは魔法の呪文。
まだヒヨッ子だから。
全ての失敗が許される、まるで最強の免罪符。
まだヒヨッ子だから。
そう、私はヒヨッ子。
ぴよぴよかわいいひよこちゃん。だからまだ上手に空が飛べないの。
うまくいかなくても仕方がない。だってあたしはヒヨッ子だから。
そんなある日のことだった。
週末の午後。
あたしはてくてく歩いてた。
バイト先からの帰り道、長い下り坂の歩道をバイトの友だちと一緒に歩いていた。
友だちとの会話はくだらないことばかり。
上の空で聞き流しながら、あたしは考え事をした。
今夜は仕事だ。
早く帰って一眠りしておきたい。
今夜の狩場は会計事務所。
獲物はお金じゃないんだって。
税金がどーのこーの、難しい書類。
とっても価値があるらしい。
そのときだった。
「ゴメン、どいて!!」
そう叫ぶ声がした。
あわてて飛びのくあたしたち。
その横をビュンッと風が吹きぬけていった。
走ってったのは青い風。
あんまり速かったから一瞬何かと思ってしまった。
若い男。
たぶんあたしより年下の男子。
普通に走っているだけだけれど恐ろしく速い。
頭をタオルですっぽり覆った変な子だった。
バンダナ巻きしていたのは白いタオル。
水色のラインが入った明るい紺のジャージを着ていた。
たぶん、どこかの学校指定のジャージ。そんな感じのダサいデザイン。
高校生? 指定ジャージで部活中?
そう思ったけれどちょっとおかしい。
だって見覚えのあるモノを握ってた。
ちっちゃくて目立たない色だから普通の人なら見逃しちゃうんだろうな。
でもヒヨッ子とはいえ、あたしはアウトサイダーですから。
だからわかっちゃった。
握った手からはみ出していたのは、弾倉。
弾倉。
……って、わかるよね?
銃に入れて使うやつ。弾丸が入っているケースみたいなもの。
あたしは静かに驚いた。
あいつ、チャカの弾なんか握って走ってったよ?
ここは町の中。
でも、本当ににぎやかな辺りからは少し距離がある。わりと静かな場所。
こんなところであんなモノを持って、しかもジャージ姿で何やってんだろ?
かなり疑問に思ったけど、もちろん口には出さなかった。
だってマトモな世界の友だちにそんな話はできないでしょ?
オジサンやママがいればすぐしゃべるんだけど。
だって気になるじゃない? どう見ても普通っぽい男子が銃弾持ってんだよ?
それはいつもどおりの午後に起こった、ちょっとした事件。
その夜。
あたしはなぜか昼間見た変なやつのことが気になっていた。
弾倉を持ってとんでもないスピードで走ってったあいつ。
仲間であるオジサンにその話をしてみた。
「モデルガンだろ。」
オジサンはそう言って笑った。
なるほど、そうかも。
たしかにウチらの年頃でも男はモデルガンとか好きみたい。
あれっておもちゃでしょ?
男って幼稚だなあ。
辺りに気を配りながらあたしたちは屋上からビルの間にロープを垂らした。
人の体よりふたまわり広いくらいの狭い隙間、そこを降りていくために。
本当はロープなんて使わないんだって。
狭い隙間に手足をつっぱって、体一つで上り下りするらしい。
ワタクシはまだヒヨッ子なので、できないんですの。
隙間に潜むあたしたち。
両手でロープにしがみつくアタシをよそに、オジサンは窓を開け始めた。
ロープなしでビルの外壁にへばりついて、器用だなぁ。
建物の窓を開けるのはオジサンの仕事。
いつも変な形の道具を使って簡単そうに開けている。
あたしは側でそれを見てる。
「いつか自分で開けれるようになれ、な。」
オジサンの言葉にニコッとうなずいて。
目標の窓を開け終わると、オジサンはなぜか体勢を変え始めた。
「どうしたん?」
あたしが聞くと、おじさんは答えた。
「向かいの窓も開けとくんだ、いざって時に逃げ込めるように。」
うーん、なるほど。プロの発想だな〜。
作業を終えて、あたしたちは窓の中に忍び込んだ。
そこは会計事務所。
中は真っ暗で、あたしにはあまり物が見えない。
でもオジサンは平気だ。
何度も下見してあるから迷うことはないんだって。
その下見ってやつ、いつやったの? あたし聞いてないんですけど。
無人の事務所の中、すぐに探り当てたのは金庫だった。
金庫を開けるのもオジサンの仕事。
これはあたしがヒヨッ子だからじゃない。
パパと組んでたときもこういうものを開けるのはオジサンの仕事だったんだって。
金庫はすぐに開いた。
いっつも思うんだけど、なんでこんなにすぐ開いちゃうものに大事なものを入れとくの?
あたしだったら家に持って帰って、抱きかかえて眠るけどなぁ。
金庫の中から書類をいただく。
書類は束になっていて、大型クリップで留められていた。
この辺になるとさすがに目が慣れてきてよく見える。
全部で5束。
「よし、ずらかるか。」
小声でおじさんが言った、そのときだった。
「ハイ、ちょっと失礼♪」
若い男の声がした。