Remember me

すごい速さでおじさんが振り向く。 一瞬遅れてあたしも振り向くと、そこには若〜い男がいた。 あたしたちのすぐそば、机の上に座っている。

いつの間に?

暗い部屋の中、薄ぼんやりと浮き上がる髪。たぶん明るい色に染めてある。 肌も白い。だって、闇の中で顔の白さがぼんやりと浮かんでるみたいに見えるから。 でも服は暗い色? ジャケット着てるみたいだけど、よくわからない。 引き締まった体のシルエットだけはよく見える。 腕は真っ直ぐ伸ばされてオジサンの頭に向いている。

腕の先には……ピ・ス・ト・ル。 笑っちゃうくらい小さい。 でもこれ、本物でしょ? その証拠に、オジサンが硬直してる。

男はオジサンに向けていないの手ですっと机の上をなでた。 何かをつまみ上げる動作をして。 壁の方に何かを放った。

キンッ。

乾いた音がしてパッと事務所の明かりがつく。 床を転がったのはボールペンだった。 じゃあボールペンをぶつけてスイッチ入れたの?  なんで?  そんなのわざわざ物投げなくたって歩いてってつければいいのに!

たぶん面倒くさがり屋のその男は、やっぱりかなり若かった。 あたしより1つか2つくらい年下。 暗闇の中でよく見えなかった服は予想通り濃い色でまとまっていた。 上が紺のジャケットで、下が黒のパンツ。

ここまでたったの数秒間だ。 口の中がカラカラ。 きっと緊張のせいだろう。 だってこの間、銃口はずっとオジサンの頭に突きつけられたまんまなんだから。

このとき。

あたしは妙な気分になった。

(どこかで見た顔……?)

明るい電気の下で見たその男の顔に、もぞもぞ動き出すかすかな記憶。 誰だっけ。 目を凝らしていたら、相手の男も気がついた様子で。 オジサンをにらんでいた視線を、ついっ、と、あたしに移した。

その瞬間。

「逃げろ!!」

オジサンが叫ぶ。 びっくりしたあたし。

思わずおじさんを見たとたん、腕の中に何かが飛び込んできた。 さっき盗み出した書類。 チッと舌打ちが聞こえた。 あの若い男だ。

「早く!」

オジサンが言う。 あたしは無我夢中で、入ってきた窓に飛び乗った。 でも、降りてきたロープを登るなんて無理!  無理ムリ無理!

「向かいの窓だ、早く!」

鋭い声が飛んできた。 振り向くとオジサンがあの若い男に飛びかかるところ。 あたしは泣きたくなりながら、必死で向かいの窓を見つめた。 目指す窓はちょっと細い形。あそこから向かいの建物に入ることができる。

あんな狭い入り口に飛び込むの?  そんなのあたしには無理じゃない?  でも、まごまごしてはいられない。 あたしは思い切って飛び出した。 だって、逃げなきゃ。 ヒヨッ子だから、なんて。 そんなふうに甘いカオして許してくれるわけがない。相手は身内じゃないんだから。

息を止めて。

あたしの体が宙を舞う。 窓から、窓へ。 二つのビルの間をきれいに飛んだ。

「やった!」

思わず声を上げる。 ジャンプは大成功。 窓の中に着地して、あたしは後ろを振り返る。 あちらの部屋の電気はいつの間にか消えていて、真っ暗な中で何かが光った。

チッ、と。

何かが耳をかすめた。 ぶら下がっていたお気にいりのピアスが吹っ飛ぶ。 ほんの一瞬の光。 あれはたぶんあの男がいる辺り。たぶん、銃口の場所。 アッと声を上げたあたし。 続いてもう一方の耳にも軽い衝撃。こっちのピアスも吹っ飛んだ。

闇の中、光ったのを見たよ。 銃の辺り。 あれが発砲のときに散るっていう、火花?

「逃げろ、早く!」

オジサンが叫んでいる。 もう、もう、とにかく焦ってしまって、あたしは一目散に逃げ出した。 飛び移った隣のビルの中を、屋上まで素早く上がって。

屋根の上を駆ける。 ビルの群れの上を全速力で逃げるあたし。 走って走って、いくつもの隙間を飛び越えて。 隣りどうしぴったりくっつくビルたちの隙間はあたしでも飛び越えられる幅ばかり。 楽勝?  全然違うから!  だって相手も追いやすいでしょ! 追ってきてるのー!

チラリと振り返ったら、あの事務所があったビルの上にさっきの男がいた。 あたしを見つけたらきっと追ってくる。 私に越えられる隙間だもん、男の足なら簡単だ。 あぁもう、そもそもあいつ飛び道具持ってるんだった!  向こうは完全に追いつかなくたって、弾さえ届けばいいじゃない。

なんでこうなるのー!  あたしはヒヨッ子なのに。 どうしてこんな大変なことしなきゃいけないんだろう。 こんなふうになるなんて聞いてない。

あたしには簡単な仕事だけさせて、育ててくれるんじゃなかったの?  でもそんなこと言ってる場合じゃない。 必死、必死。 あたしは走った。今まで生きてきた中で一番早く。 少しぬるんだ夜の空気。どことなく春の香り。 あたしは走った。息なんかできなくなってもひたすら走った。

でも、追い詰められてしまった。 立ち止まるあたし。 目の前にあるのは一際幅の広い隙間。 ううん、もう隙間なんて言える規模じゃない。 それは細い道路を挟んだ空間だった。 焦っててよくわかんないけど、4メートルくらいあるんじゃない? え? そんなにない? えぇ? もっと広いの?  もうわかんないよ。

とにかく、道路にしては細い方だけど飛び越えるには広すぎる幅だった。 オジサンにも飛べないような距離。 あたしは立ち尽くす。 後ろを見たら、すぐそこまであいつが迫っていた。 あと1つだけビルを越えたらあたしと同じ建物の上だ。 絶体絶命。 あたしは書類を胸に抱き、空間を背にして立った。 追ってくる男の方を向いた格好で。

ふと。

思い出した。 あたしを追っているあの男、どこかで見たような気がしてたけど。 わかった、あいつ、昼間の男だ!  バイト帰りの坂道であたしと友だちを追い越してった人。 印象が違いすぎてわからなかった。 だって服装とか雰囲気が全然違う。

昼間見た時は白いタオルに隠れていた頭、今はグレーの髪が見える。 燃えた後の灰みたいな、どこかかすれた銀の色。 昼間は体育系部活風だったけれど、今は、何だろう。 こんなときになんだけど、ちょっとカッコいいんじゃない?

バカなことを考えていたら、彼はあっという間に近づいてきた。 隣のビルの屋上から、ぴょんと跳んであたしと同じ建物に乗る男。 銃は握っていない。 あたしは書類をぎゅっと抱きしめた。 男は立ち止まる。 ふぃ、と聞こえたのは男が吐いたため息の音。 まだあたしより若いくらいなのにこの落ち着きっぷりって何?

あたしが見る前で、彼は両手を上げて『敵意無し』のポーズをとった。 うそだぁ!  さっきあたしに銃向けたじゃない!  あたしはますますしっかりと書類を抱え、キッと相手をにらんだ。 すると男は困った様子でクイと肩をすくめて、こう言った。

「一枚、分けてくれない? オレが欲しいやつ」

男の言葉。これ、どういう意味?  どれだか知らないけど、書類を一枚分けてやれば解決ってこと?  一瞬、書類を抱いていた力が抜けかける。 でもダメ。 そう思いなおした。 だまされちゃダメ、油断したら殺されるかもしれない。

そうだ! オジサンはどうなったわけ!?

「……オジサンは?」

あたしはやっとのことでかすれ声をしぼり出した。 男はちょいと首をかしげる。

そして無言。

ナニソレ、どういう意味?

……まさか……こ、殺した!?  そう思ったとたん、体が動いた。

「っ、こぉんなもの〜!!」

どうしてそんなことしたのか自分でもわからないけど。 あたしは振り返りざまに書類の束を投げ捨てたのだ。 思いっきり、目の前に開けた空間めがけて。 バサッと身をひるがえしながら、上の方に向かって書類の束が飛ぶ。 なんだか不恰好。

そうしたら、後ろからパンパンパンッと立て続けに音がした。 コルクを抜くような音。 これは、銃声。 その音とほぼ同時に、宙を舞っていた書類たちがパァッと飛び散った!  クリップでしっかり留まっていたはずなのに。 どうして?  呆然と白い紙のダンスを見つめるあたしの横を何かが通り抜けてった。 あの男だ。 男は飛んでいった。 軽々と。 あたしの仲間のオジサンでさえ飛ばないような、広い空間を一息に。

それはまるで、鳥のよう。 全身黒っぽいからカラスかコウモリみたい。 彼のお尻のポケットで何かが光っていた。 ケータイ? 着信してんじゃん。 光の色は明るすぎる青。 それを目にしたとたん、彼のイメージカラーは青になった。 服装と足して2で割って、紺色に近いくらいの濃ーい、けど光を感じるような青。

ああ、これは、青い鳥。

ポカンと口を開けて見ているあたし。 彼は空中で一枚の書類をつかんだ。 そのまま、向こう側の屋上に着地。 それからは振り向きもせずにさっさと立ち去っていく。 あたしはぺたりと座り込んだ。

「ォーィ」

後ろから小さく声がする。 振り向くとオジサンが元気そうにこっちへ向かってくるところだった。 ほっとして、涙があふれた。


あとで知ったこと。

そのときの若い男は『キッド』と呼ばれている人らしい。 ブローニング・キッド。 そういう呼び名の何でも屋。 基本は殺し屋らしいけど、頼まれて気が向けば何でもやる人。 すごい有名らしい。 一流なんだって。 絶対あたしより若そうなのに。

あの夜、あたしたちはとりあえず拾えるだけの獲物を拾った。 それからとぼとぼとお家に帰った。

「かなわんなぁ」

オジサンがぼそりとつぶやいた。 いつもあたしをヒヨッ子と呼ぶその声で、降参という名の賞賛をつぶやいた。

悔しいの。

なんだかとても悔しいの。

まだ若すぎるから、ヒヨッ子でいいと思っていた。 業界の中じゃかなりの若手だと思ってたんだもん。 それなのに、ジャンル違いとはいえ年下の一流がいたなんて。

いつまでもヒヨッ子でいたいとさえ思ってた。 けど、そんなのやめる。 あたしは立派な鳥になる。 いつかあたしは、あいつより高く空を飛ぶの。

そう決めたんだ。

あたしは今日から生まれ変わって立派なドロボウになるつもり。 ドロボウ世界じゃ知らない人がないくらい一流になるつもり。 これからどんどん伸びていくから、今に見てろって思ってます。

そういうわけで、これはあたしからの挑戦状。

キッド様。

あなたは一流様だからあたしみたいな小モノのことなんか覚えていないでしょう。

でも思い出して。 先月の夜、出会った女です。 あなたに追いつくのはずーっと先だろうけど今からライバル宣言しときます!  ぁ、でも評判とかのライバルだから。 直接対決とか全然嫌だから。 殺しに来ちゃやだよ。

最後にお願いが一つ。 あたしの事を覚えといてね。 あたしは今にどんどん伸びて、立派な鳥になるつもり。 そしていつかあなたを追い越したい。 その日までどうか、私の事を覚えておいて。 お願い、あの日の青い鳥。


敬具
( 『敬具』でいいんだっけ→;; 違ってたらごめんなさい ^ロ^;)

斎藤美夜ミイヤ より


Fin.

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