Best matched song

歩きながら、俺は紅いMDプレーヤーを取り出した。 今じゃ時代遅れになっちまったかつての最新機種。使い込んで色がはげた俺の相棒。

No music,No life.

なーんて気取って、持って歩いて。 勤務中に聞いていて不真面目だって怒られたっけな、新米の頃。 何が不真面目だ。 上の上のそのまた上の、ひどくお偉い俺らの仲間が殺し屋雇って請託殺人。 よっぽど不真面目だろうがよ。 俺なんてまだマシ。 ああ、反吐が出る。

ひょろりと延びるイヤホンを引っぱった。 耳に押し込むと辺りの騒音が少し遠くなる。 スイッチを入れ、音楽を流す。 MDよりもずっと古いロックンロール。 俺の親の世代が夢中になって聞いていた往年のロックバンド。 力強いボーカルの歌声が好きだ。

オリジナルより少しシャカシャカした音が流れ出す。 この劣化は安物のイヤホンのせいだ。しかたない。 流れ出た歌詞を口ずさんだ。 ガキの頃から気に入りの曲。心地よいリズム。 ああ、ロックスターが叫んでる。

黙るな、シカトすんな、お前がなりたかったのはこんなモンじゃない。

そうだ。 そうなんだ。 良識あるヤツらの正しい意見、そんなものはブッチ切れ。

街の雑踏。 机の上に置いて来た警察手帳。 残して来たのはただの身分証明書じゃない。 俺が「警察」である証拠。 公僕であり、国家に服従する者である証拠。 手帳とは名ばかりのデザインは外国のバッジケースを模したものだという。 もう二度と手にすることはないかもしれないシャレた小道具よ、サラバ。 刑事デカである自分を誇りに思ってたが、今となってはどうでもいい。

法律は絶対のルール。破るものは許さない。 それが建前。 自分たちの身を守るためならば1つや2つの犯罪には目をつぶる。 それが裏っ側のルール、暗黙の掟。

『我々自身ノタメニモ、コノ件ハ忘レルンダ。』

まるで自分が唯一絶対の指導者であるかのように重々しく告げた俺の上司。

I’LL KICK YOU!

正義面してのさばっている、ふやけたやつらを蹴り飛ばせ。

ありがたい警告。 振りかざされた権威。 俺とやつらの頭の上で桜の紋章が鈍く光る。 それなら俺は勝手にやるよ。 文句は後で聞いてやる。 今ノ俺ハ法律ノ守護者ジャナイゼ?  そう、法の下にいるままじゃ退治できない悪ならば。 一人つぶやく戯言はいまだたどり着かぬ目的地に住む少年への果たし状。 逮捕しちゃ駄目なんだろ?  わかった、逮捕るのはあきらめる。俺はなんて聞きわけのいい子なんだろう。

アレは何だったかな。 確か、警察署を襲った犯人(ホシ)が幽霊らしき者だったかなんかで。 捕まえられなかったんだよな。 それで主人公が言うんだよ。

『“逮捕”はあきらめよう。……“退治”するんだよ。』

まだ中坊の頃、夢中になってた再放送の刑事ドラマ。 このセリフ。 憧れてたんだ。 まさか自分で口にする日が来ようとは夢にも思わなかったけど。

俺は小さくロックを口ずさみながら、見えてきた建物を振り仰いだ。 白い壁にベージュのラインが2本。 このマンションの一室が最有力容疑者(ホンボシ)の住まいだ。 いるだろうか。 ああ、いるさ。 この時間帯ならようやく目を覚まして、顔なんか洗ってるところのはず。

待ってな、ボウズ。 今から行くから。

I’LL TOUCH YOU.

お前に手が届く。

マンションの敷地内に入ろうとして息を飲んだ。 自分の両目が丸く見開かれるのがわかる。 驚く俺の視線の先で、一人の少年が怪訝そうな顔をした。 寝ぼけた目をして。 寝癖なんかついた頭で。 たぶん部屋着であろう、緑地に白ラインのジャージなんか着て。

ヤツだ!

最有力容疑者(ホンボシ)の少年。 青木貴史、16歳。

心臓が口から出そうになった。 ヤツは胡散臭いものを眺める目つきで俺の顔を見上げた。  “突然立ち止まり、自分を凝視する男”  ヤツにしてみれば俺は不審者以外の何者でもない。 石化する俺の視線の先で、眠そうな眼がパチリとまばたいた。 灰色の髪、立ちあがる寝癖をパサリとなでつけて。 明らかに寝起き。 ラフすぎる服装。 きっと近所のコンビニか自動販売機にでも用があるのだろう。 声を、かけるべきだ。 そう思った。 俺はわずかに唇を開く。 しかし、声は出ない。 声の変わりにひどく不味い何かが舌の上ににじんだ。

迷い。

なぜ、ためらう?

それは脳裏に甦る言葉が俺の喉を詰まらせたから。

余計なことは詮索せんでいい。

『必要悪』だ、やつらの存在は ――……


それでも、だ。
 不可侵の領域だ。我々が触れちゃあならんものだ ――……

なぜかって?

……。
『上』にいる連中が困るからだ。
……ああ、依頼人となる者たちがな。
あまり言わせるな。わかるだろう?
誰が困るか、か……。
言えない、では納得しないな?
財界、政界、それに……………警察庁もだ。
もちろん他にもいるだろう。
だが、我々が動けない理由は……、
信じたくなければ信じなくてもいい。
とにかく手を引くんだ。それだけだ ――……

脳髄から弾け飛ぶ、ノイズ、ノイズ、ノイズ。 耳を貸すな! 目をつむると同時に頭を振り、雑念を払う。 目を開くと、俺の視線の先で、件の青木少年が再び歩き始めていた。 いよいよもって不審者を見る表情で通り過ぎていく。 ヤツの姿が俺の視界の後ろに消えた瞬間、身体が動いた。

「おい!」

やっと出た俺の声は笑えるほど普段どおりの響き。 振り向きざまに、去ろうとしていたヤツの肩をつかむ。 いいのか? もう後戻りは出来ない。 自分に問いかける間にヤツは立ち止まった。 無意識にこもる力を意識的に緩める。

あまり警戒させてはいけない、不利になる。 緊張。 渇く喉。 ヤツが振り向く。

俺の視界のど真ん中、飛び込んできたのは豹変したまなざし。 さっきまでは眠たげに曇っていたくせに。 何だ、この眼光は。 まるで冷たい刃のように、俺を貫く鋭利な瞳。 ガキの眼じゃない。


  抜ケルカ?
  イツデモ抜ケル。
  安全装置ノハズシ方ハ覚エテイルカ?
  モチロンダ!


反射的に、俺はふところの拳銃を意識した。

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