派手な印象の女だった。
真っ青なスーツはハードなイメージ。ボディラインがくっきりわかる。
まばゆいほどのブルーなのに女自身はどことなくレッドを思わせる雰囲気をまとっていた。
ふくよかな唇を彩る赤のせいだろうか。
それとも、爪のせいか?
長い爪を染めたマニキュアはダークレッド。
深紅のベルベットに影を落とせばこんな色になるだろう。
「あら奇遇ね、こんなところで会うなんて!」
女が声を上げた。
嬉しげに笑う顔。それを見たキッドは反対に、うわぁ……という表情になる。
女は素早い足取りで近づいてきた。
そのまますり寄るようにキッドの隣へ。
2人、壁の方を向いて並ぶ。
キッドの左側に女が立ち、女の右側にキッドが立った。
キッドの視線は壁に飾られた少女の絵に。紅い女は横目でキッドに微笑みかけている。
「そろそろ会いたいと思っていたところ。」
ささやくように、女の声。
「へーぇ、そー。」
全くの棒読みでキッドが返す。
女は声を出さずに息だけで笑った。
気のせいだろうか。
吐息が甘い。
バニラというよりローズの香りだ。
毒のように甘ったれた、退廃の香り。
これは天然の匂いだろうか?
もしわざわざ息にまで香りをつけているのなら、相当にスキがない女。
「こんな偶然ってあるのね。これはもう『運命』かしら?」
女は笑う。
まばゆいルージュは深い紅。秋の新色。
「迷惑な運命ぇー。」
キッドが漏らす。
ため息を飲み込んで天井を仰げば、隣りから含み笑いが聞こえた。
「あら……つれないわね。」
女はそっと口元を隠す。
手の影からちらりと唇が見えた。
端がにこりと吊りあがる。
ゴールドのイヤリングがよく似合う、ゴージャスな笑顔。
キッドは女を知っている。
出会うのは2度目。
通信機越しの対話も含めれば3度目だ。
1度目の出会いは女からの呼び出しだった。
キッドを仲間に取り込もうと女とその組織が動いたのだ。
組まれていた策略はシュークリーム風味。
しかし、キッドは逃げおおせた。
首輪つきの飼い犬になるなんてゴメンだと思ったからだ。
1度目の戦いに敗北した女は怒った。
そしてキッドを始末しようとする。従わないのならば、消えろ、と。
キッドの暗殺計画は町をフィールドにしたゲーム。
結果は言うまでもない。キッドは今も生きている。
2度目の戦いの後、2人は通信機越しに会話した。
今度は直接アンタの顔を見に行く、そう言い残して通信を切ったのはキッド。
けれどそれっきり女の足取りは消えてしまった。
結局、顔を合わせる機会がないままに今日を迎える。
「相変わらず凄腕だそうじゃない。あちこちで噂よ、キッド。」
数十秒の沈黙の後、女がささやいた。
2人の背後には一般人とおぼしき客の姿。
「そっちこそ、相っ変わらず正体不明じゃない? 噂もほとんど見つかんねー。」
低い声でつぶやきを返しながら、キッドは辺りに視線を向けた。
異常は感じられない。
女と一緒に入ってきたご婦人方でさえ特に訓練を受けた人々という風ではなかった。
けれど、少なくともこのうち何人かは女の部下なのだろう。
(全員、敵だったりして。)
今までの経験からそう思い、キッドは内心で苦笑を漏らす。
うふふ、とくぐもった笑いが聞こえた。
艶っぽい響き。
女の声。
「女は謎がある方がいいの。ミステリアスって素敵じゃない?」
キッドはヘッと口先で笑う。
「全然ステキじゃない。ハラ立つ。」
「あら、つれないわねぇ……。」
女は親しげに肘を当ててきた。
キッドは肘に押されたふりで1歩だけ女から離れる。
それから両眉を上げて呆れた表情。ふぃーとおどけたため息を1つ。
「1個だけ聞いた。ゴージャスな女においしいトコ持ってかれたって話。
大物過ぎて、表に出てこないような人たちとお友だちなんだって?」
チラリ。
女の方を見やりながら言ってみた。
「地獄耳ねぇ……怖いわ。」
眉をひそめて女が苦く笑む。
「そーでもなぁーい。まだわかんないことの方が多いわ
ァン♪」
答えるキッドは軽い口調だ。
最後は女の口真似か、口元に手をあててオホホと笑った。
一瞬。
目と目が合う。
無言のアイコンタクトは挑発の火花。
どちらが先に動くかはまだわからない。
「知りたいことはなぁに?」
イタズラっぽい響きで女が問いかけてきた。
上目づかいの黒い瞳が大人の女を一瞬だけ少女に見せる。
「んーとぉー。」
キッドは手をポケットにつっこんで、ぐーっと体を伸ばした。
頭の中をいろいろな問いが駆けめぐる。
「まずは組織的なトコかな。どんな組織なのか、規模、目的……あとぉ……」
結局キッドが選んだのは一番基本的な問いかけだ。
もちろん、すんなり教えてもらえるとは思っていない。
「あとはアンタの個人情報。」
言葉を切って、キッドは初めてまともに女へと顔を向けた。
「仲間になればわかるわ。」
女が言う。
「それは断る。」
キッドが答える。
間髪入れぬやり取りはまるでコメディードラマのようだ。
何度も練習したシーンのように、よどみなく、テンポのいい掛け合い。
女は両手の指を胸の下あたりで組み合わせながら、ゆらりと首を傾けた。
肩にかかる髪が緩やかに流れる。
流れる黒い水のような、滑らかな髪。
「本当はあなたと戦いたくなんかないのよ。仲良くしたいわ。」
絡みつく甘い声音がキッドの耳をくすぐった。
「どう? 私と組んでみない?」
少女みたいに甘えたふりで、女が誘いをかけてくる。
「前にも言ったけどアリエナイ。」
半ば笑い飛ばしながら答えるキッド。
「あら、そう?」
意外にも女は気のない様子だ。
もっと残念がる演技を予想していたのに、とキッドは肩をすくめた。
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